『木島日記 もどき開口』

どうしてそうなったのか委細は知らないが、「木島日記」は「北神伝綺」の、あるいは折口信夫-木島平八郎の組み合わせは柳田国男-兵頭北神の組み合わせの「もどき」であったはずだ。

本来ひとつであったものが、いつの間にか共通点を捨象し、差異のみを拡大させて、さらには時代を遡り小泉八雲-会津八一という変奏まで派生させながら、戦前の昭和を舞台として近代と民族の古層との相克を描いてきた。

現実とは、多様な力がそのときの状況に応じて衝突し、合成したところに現れる現象である。

それを観察する諸視座もまた現象の部分をなすのであるから、現実は多元的多層的なものである。

歴史はあえて現実を特定の視座から固定しようとする行為であり、そこには自ずと、隠された秘史や、顧みられなかった稗史、ありえなかった偽史、または物語が、生ずる。

そのとき、それらもまた、それぞれの視線から語られたものである。

そこにあえて民族の古層だとか集合無意識だとか枠組を持ち込めば、シクロフスキーやプロップの物語要素だのが出てくるが、それは多元的現実を二重に弁別することに他ならない。

この二重の剔抉をこそ「仕分け」と作者は言うのであり、「仕分け」られたものを「ミュー」と呼ぼうが「ニライカナイ」と呼ぼうが「常世」と呼ぼうが、そこにあるはずの差異を無視するならば、最終的に残るのは言語構造かもしくは脳構造の要請という答えでしかない。

世界の在り様に適合した大脳進化の結果が、言語機能であるならば、すべては人間が世界を持った初めからすでに語られてしまっていたのだ。

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