セルパブ小説を読んでみよう 2 小野寺 秀樹『桜七(サクラナナ)』

『〈堕剣士〉キロク 竜禍』をセルパブしましたが、ふと気になったのは「他のセルパブ作家たちはどんなものを書いているのだろう」ということ。で、kindle unlimited で読めるものを実際に読んでみることにしました。

で、2冊目に選んだのが、震災サバイバルアクション・SF『桜七(サクラナナ)』。セルパブ界のベストセラーです。売れている物には絶対に売れる理由があるにちがいありません。それを探るのが今回の目的です。

ストーリーは主人公鮫島が減圧室のような場所にいるところから始まります。耐えがたい苦痛に意識を失い、目覚めたのは病院の大部屋病室みたいな部屋です。でも、そこには窓がない。主人公は何か科学実験の被験者にされたのでしょうか。手当てを受けながら、鮫島はひとりの女性の名前と今後の予定を聞かされますが、自分に何が起きたのかは理解できていません。というわけで、読者は主人公と一緒に何が起きたのかという謎を解いていくことになります。

場面は飛んで四か月後、鮫島はマンションの自室で、悪夢から目を覚まします。戦場で戦っている夢です。敵の攻撃にさらされ反撃できない絶望的な状況、主人公は目の前で妹を殺されてしまいます。どうやらこのことが鮫島のトラウマになっているようです。しかし、それ以外の記憶は失われているのでした。彼はいま、過去の記憶を喪失したままで、誰だかわからない人間に指示された場所へ住み、指示された職場で働いています。ただ、身体トレーニングだけは指示ではなく自発的に行っています。その理由は彼自身も理解していません。どうやら夢で見た記憶と関係がありそうです。

そうした日々に突然、坪井奈菜という女性が現れます。鮫島は新入社員の彼女に既視感を覚えます。しかし、何も思い出すことができません。次第に親しくなっていきますが、やはり何も思い出せないままです。一方、三〇キログラムの荷物を背負い二五キロメートルをジョギングするなど、トレーニングはより過酷になっていきます。休日には東京から首都圏外へ抜ける道をくまなく走り、さらには山の中を歩き回ったりするのですが、本人もよくわからずに義務感にかられて行っているのです。

そして、半年後。直下型大地震が東京を襲います。オフィスにいた鮫島は倒れてきた什器が頭部にぶつかり気を失ってしまいます。しかし、意識が戻ったとき、彼は失われていた記憶も取り戻していました。そして、彼は坪井奈菜と数名の同僚を連れて倒壊寸前の高層ビルを脱出し、戦場のような東京を徒歩で逃げ出します。こうして、本作の大分を占める避難行が始まります。被災地の真に迫る描写はこの小説の魅力のひとつですが、とりわけ震災直後の崩壊した東京とパニックに陥った人々の描写は読み応え十分です。

富士山の噴火、悪化する治安と次々と目の前に現れる困難を、鮫島は鮮やかに、ときに冷酷と見えるほどの冷静さで乗り越えていきます。それはすべて奈菜ひとりを守るためなのです。サバイバル行を続けていく過程で、主人公を巡る謎は徐々に明らかになっていきますが、主人公が必死に守る(それこそ大怪我をして血まみれになって)坪井奈菜という女性は何者なのかという謎が明かされるのは、ほとんどラスト間際です。そこには誰もがあっと驚く答えが待っています。

ネタバレになってしまうのでこれ以上詳しくは書きませんが、読み始めたら最後まで一気に読んでしまうこと間違いなし。次はどうなるのだろうという展開の上手さに加えて、主人公と奈菜に関する謎の明かし方も上手い。ベストセラーになるのも納得の一冊でした。https://www.amazon.co.jp/dp/B00WN7HS44/

ついでに僕の『〈堕剣士〉キロク 竜禍』もダウンロードよろしく!

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