セルパブ小説を読んでみよう 3 ことわ荒太『月の裏に望む』

「さて、どのセルパブ小説を読もうか」となったときに、kindle unlimited で読めるというのは第一条件だけれども、その次はコメントの数でしょうか。同じセルパブ作家としてやはり気になるのは、どれくらい多くの人に読まれているかということです。無料ならばある程度は読まれるでしょう。そのとき読者が費やすのは余った時間だけですから。しかし、対価を払ってまで読むとなれば、その小説にはそれだけの価値があると認めたことを意味します。ただ、kindle本の場合、書店で物質的な本を選ぶときとは違って大抵は中身が見られません。内容紹介を読んで面白そうだと思っても、それだけでは手が出しづらい。だから、他の読者がどういう感想を持ったかということが、読むに足る本かどうかを見極めるいちばんの手掛かりになります。読んだ上にコメントまで残すのは、良くも悪くもその小説に心を動かされたということに他ならないでしょう。コメントの多い小説はそれだけ「強い」何かを持った本なのです。その意味で、この本はとても「強い」本でした。

複数の男女間の恋愛を描いた六編の連作短編集。それぞれの話の主人公の視点を通して、複雑な男女関係が多層的に描かれていきます。どの話の主人公も別の話では登場人物のひとりとして「見られて」います。そして、そうした視点の交換が効果的に使われていて、読者が既に読んだ部分をもう一度読み返さざるを得ないようにこの本は書かれています。ある話でさらっと書かれた何げない事柄が、別の話では非常に重い意味を持たされていて、最初に抱いた印象をしばしば上書きされるのはなかなか面白いものです。

作者が描いているのは人間の単純な二面性ではありません。一見は人の外面と内面のように見えますがそうではなく、「月の表と裏」と喩えられているように「見える」ものと「見えない」ものの関係なのです。ですから、登場人物のなかには普通の人間には見えないものが見えたりする者もいるのです。

人の内面は自分自身にしか見えません。月の裏側は、裏側へ回ることができれば見えるのです。ここに描かれているのは他者の内面ではなく、見えていない部分です。単なる知り合いと友人ではもちろん、パートナーや恋人と家族でも見えない部分は違います。他者を「見る」「見てしまう」、他者に「見せる」「見られる」という変化が、自分自身の内面に折り重なって感情を変化させます。その感情の機微をていねいに作者は描写しています。

安易なポジティブさに堕しないところにも好感が持てました。大人の人に読んでもらいたい一冊です。https://www.amazon.co.jp/dp/B07HXZHYSX/

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