セルパブ小説を読んでみよう 7 月夜野スミレ『サイバーガジェットラッキー』

ちょっと前まで表紙が猫の写真だった『サイバーガジェットラッキー』のシリーズ。現在3作目まで出ていますが、今回読んだのはその1作目。作者は大変な多作家で、ジャンルも多岐にわたるようです。「ようです」というのは、Author Central で4ページにも及ぶ作品リストの内容紹介しか読んでいないからで、BLや童話、シリアスな作品もありました。が、今回はSFギャグコメディを選んでおります。

このラッキーは人名で「電脳小道具的幸運」とかいうことではないのです。もちろんタイトルになるぐらいの人物だから、本編の主人公ということで間違いありません。主人公だけあって開巻早々登場するのですがーー惜しげもなく物語の最初の第2文から出てくるのですがーー初登場の段階ですでに彼はその悲劇的宿命の片鱗を読者の前へさらけ出しています。

少年で、ハニーブロンドの髪で、瞳が赤い清掃員バイト。両親を亡くしてバイトで生計を立てていると教えておきながら、作者は我らに「そんなことはどうでも良い」と言い放ち、真っ向唐竹割りのようにあまりにも身もふたもない一文を叩きつけてきますーー「主人公ラッキーはトイレに急いでいた」。

私たちは、彼が便意を催している、と唐突に知らされることになるのです。この暴力的に与えられた情報に私たちは異議を挟むことを許されません。というより自分自身の無力さを思い知るだけなのです。

想像してみてください。あなたの職場や教室に新人が入ってきたとしましょう。その新人は皆んなの前で自己紹介を始めます。あなたはこの1分足らずで、新人の名前のみならず出身地や趣味まで知ることになるのです。つい数秒前まで赤の他人で、その存在すら知らなかった、いや、考えもしなかった人間の情報が一気にあなたに押し寄せてきます。あなたはそれを咀嚼し理解するだけであたふたするでしょう。

そのときなのです、そのとき新人は自分がたった今口にしたことをすべて否定してしまうのです。「そんなことはどうでもいい!」のみならず「私は今、うんこがしたいのだ!」と宣言までするのです。しかも、状況は切迫しています。つまり、漏れそうなのです。一刻の猶予もないのです!

あなたには何ができるでしょうか? これだけは認めなければなりません。あなたには他者の便意を否定する権利も能力もないのです。となれば、新人の手を引いてトイレへ導くしかないでしょう。だが、それも許されないとなれば、あとはただ祈ることのみです。「お願いだから、ここで脱糞するのだけはやめてくれ」この本を読み始めた途端、あなたが強いられるのはそういう状況です。

最初の1ページから主人公は大ピンチ。さすがにここまでの危機的状況からスタートさせられる主人公というのは他に例を見ないかもしれません。ただ幸いなことに、読者の願いは天(あるいは作者)に届き、我らが主人公は開巻早々「うんこ漏らし」の汚名を着ることはありません。しかし、同時に我らはある事実に気づくでしょう。主人公が物語の最初でした行動がうんこをすることだったということに。

第1章を読み終えても、主人公はうんこしかしていません。そして、我らは密かに慄くのです。もしや、この男は……。そして、その予感は的中し、物語の終わりでも主人公はうんこをしています。最初がうんこで最後もうんこ。じゃあ、その間は何をしているのかといえば、やっぱりうんこをしているのです。

この小説、徹頭徹尾下ネタ――しかも、ほぼうんことフリチンで貫き通されています。ときどきSMやホモに寄ったりもするけれど、作者には小四男子の霊が憑依しているのではないかと疑ってしまうほど、うんことフリチンで押し切ってしまいます。セルパブでなければできない快挙(もしくは暴挙)と言っていいでしょう。ぼくの小四男子魂が共鳴した一冊でした。https://www.amazon.co.jp/dp/B07C9FVSJR

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