セルパブ小説を読んでみよう 17 王木亡一朗『Our Numbered Days』

王木亡一朗『Our Numbered Days』。

題名は「我等に残された日々」といった意味なのでしょうか。numberedの意味がわからなくて読んでみることにしました。Google翻訳先生によると「私たちの日数」という、しまらない訳になっちゃうし、実際に読んでみるのが一番早いな、というわけです。

主人公はそこそこ良いとこまで行ったインディーズバンドのフロントマンだった「僕」です。しかし、今はバンドは解散し、彼はサラリーマンに転職して妻の実家でマスオさん生活です。

渡良木益一郎という名は作者の名前とかぶります。私小説ではないにしても、ある程度作者自身が投影されたキャラクターなのかもしれません。

なぜミュージシャンの夢をあきらめたのかはストーリーが進むにつれておいおい明らかになっていきます。実のところ未練は残っています。才能がなかったとは言うものの、実はそんなことは言い訳にすぎないと自分でもわかっています。しかし、夢をあきらめたかわりに彼は新しい「家族」たちを手に入れました。妻の「久遠さん」、その両親、妻の妹たち、OLの「琴羽ちゃん」と高校生の「莉乃ちゃん」、そして二世帯住宅の一階で独り暮らす祖母の「千和さん」という多田羅家です。

闖入者である「僕」はいつも彼女たちに「家族」であることを試されます。年少の家族を守れるか。誘惑を退けて家族を守れるか。家族を守る父親になれるか。自分の人生をあきらめて家族のために生きられるか。そして、正しい夫になれるのか。

しかし、見方を変えれば、それは主人公が彼女たちを自分の「家族」として受け入れていく過程でもあります。そして、家族を守ることを絶対的に是とするならば、人が自身の家族を守るためにとる行動を責めることもできなくなります。たとえ「僕」自身が被害者になるにしてもです。

「家族」は将棋やチェスといったゲームのようです。勝ち負けはあるにしてもプレイするお互いがルールを守る限り将棋は将棋であり続けます。でも、どちらかがルールを破れば、それは将棋でも「家族」でもなくなります。主人公と実父や、「千和さん」と他の家族の関係がそういうものとして描かれています。

ただ、作者は、どこまでルールが破られたとしても「家族」には絶対に絶ち切れない絆があると信じています。この小説もまた絶望から再生へ至る物語ですが、度重なる偶然に苛まれた不運な「僕」を救うのは、この「家族」の力です。そして、この力は人が生きて誰かを愛し続ける限り決してなくならないのです。

さて、numberedとはどういう意味だったか、それはあなたが実際に読んでみるのがいちばん早いと思います。https://www.amazon.co.jp/dp/B01GMXKFZ8

僕の小説にも表紙が「建物」というのがあります。中身は全然違いますけれども、建物の表紙にそそられるという方はぜひ僕のセルパブ本もお読みください。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 16 藤崎ほつま『エレファント トーク』

セルパブ小説を読んでみよう 18 牛野小雪『聖者の行進』

セルパブ小説を読んでみよう 16 藤崎ほつま『エレファント トーク』

可愛い女の子の表紙。これが妹ですか。可愛いじゃないですか。今回も「ジャケ買い」の1冊。

藤崎ほつま『エレファント トーク』。

あとがきには全然売れないから表紙を変えてみたということが書かれていましたが、さて結果はどうだったのでしょうか。

気がついたらスマホになっていた主人公。いろいろ忘れてしまっていて、自分が死んだことも、自分の持ち主の女子高生が妹だってことも忘れています。

妹には他人と上手くかかわれないという悩みがあります。本人は平気なふりをしていますが、孤立が彼女を苦しめていることを兄である主人公は察しています。その妹が唯一の友だちのために売春までしようとしているのを知り、主人公はスマホに転生したことは隠し「背後霊」のようなものとして妹を助けてやろうとします。そこへ生前の親友やら、生前の恋人やら、生前のヘルメットやら、謎の女やらがからんできて事件が起こり――とそういう話です。

天王寺動物園のゾウの檻の前というロケーションがとても印象的に使われています。

ここ20年くらい女子高生の天下が続いていますが、その前は女子大生の短期政権がありました。一時コギャルなんて女子中学生の新興勢力の勃興も見られましたが、権力を奪取するまでには至らずいまだ高校生の時代が続いているわけです。ただ政権与党内部にも様々な派閥があり、部活のマネージャーや同級生や後輩や生徒会やスケバン等の属性が覇権争いを繰り返してきたのが実際です。ここ数年は妹が主流派となっており、現時点ではまだその勢いに陰りは見えません。しかし、もはや死に体と思える旧勢力女子大生の学生ラインや、婦警、看護師、自衛官、CAなどの制服組、家族ラインの延長状にある母親など少子高齢化に呼応するかのごとく力を蓄えてきた熟女勢力も無視することはできません。また、百合、BL、NTRの外部勢力の侵攻もありえるでしょう。

つまり何が言いたいかというと、女子高生の妹とスマホの組み合わせのこの作品はきわめて平成末~令和初頭的であるということです。たとえば10年後の2030年になったとき、ウリや合法ドラッグ、LINEなどの言葉に僕らは時代性を見ることになるでしょう。

それは川端の『浅草紅団』や田中康夫の『なんとなく、クリスタル』と同様に時代の風俗と分かちがたく結びついた小説だからです。作者は「出オチ」と謙遜していますが、スマホ(あるいはガラケー)をモチーフとして使うとなれば、その他の10年代後半のガジェットも作中に侵入してくるのは不可避です。

しかし、こうした表層の意匠と対置するように、妹は「ゾウは足の裏で交信する」ことを語ります。人は必ずしも言葉になったメッセージだけでつながっているわけではないのです。https://www.amazon.co.jp/dp/B073Y681SN

僕の小説では妖術師が剣に生まれ変わってます。主人公じゃないです。異物転生マニアの方は、ついでに僕のセルパブ本もお読みください。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 15 幸田 玲『夏のかけら』

セルパブ小説を読んでみよう 17 王木亡一朗『Our Numbered Days』

セルパブ小説を読んでみよう 15 幸田 玲『夏のかけら』

幸田 玲『夏のかけら』 これも「ジャケ買い」です。いや、kindle unlimited で読んだから、買ったとは言えないか。でも、とにかく表紙で選んだ。それは間違いありません。

セルパブ小説はとくに、表紙って大事だと思う。レビューと同じくらい大事だと個人的には考えております。セルフパブリッシングと商業出版との端的な違いは、作品を読者へ届けるために「他人」が金を出しているかどうかということです。言い換えれば、商業出版には「他人」の品質保証がついている、ということです。

そして、その「他人」にとっては作品を売ることがビジネスですから、そのために最大限の努力をしてくれます。広告を打ったり、書店へ営業をかけてくれたり。そして、読者の気を惹く表紙[パッケージ]を用意してくれるわけです。

表紙が売り上げに影響しないなら、彼らもそこにお金をかけたりはしないでしょう。セルパブ小説も人に読んでもらおうと思ったら、やっぱりそれは考えなければいけません。

だから、この小説のようなきれいな表紙というのは意味があるのだと思います。まずは読者の端末に落としてもらわなければ、読んでもらうこともできないわけですから。(しかし、ファンタジーじゃ写真というわけにはいかんよなあ……)

主人公達也は建物のリフォームを専門に手掛ける建築士。高校を出てから十二年と書かれていますから、三十歳前後です。バーの雇われマスターをしている高校以来の親友虎太郎から新規の客を紹介してもらいます。その客は若い女性で虎太郎の店の常連客です。

虎太郎には、単に仕事の客としてだけでなく、交際相手にどうかという思惑もありました。達也は二年前に、結婚を約束した恋人千尋を交通事故で失っています。それが原因でうつになり一時は仕事を辞めて家に引きこもってしまうほどでした。今は叔父の工務店に入り普通の生活を取り戻していますが、恋人を喪失した傷は深く精神的には完全に立ち直っているとは言えない状態です。そんな親友を心配した虎太郎の計らいです。

虎太郎のバーに現れた女性は、バリ風のカフェをオープンするため亡くなった祖母の家の改造を、達也に依頼したいと言います。しかし、達也を震えさせるほど驚かせたのは、その女性綾香が死んだ千尋と瓜二つだったことです。

自覚もないまま達也は綾香に惹かれていきます。しかし、心に傷を抱えているのは達也ひとりではありません。綾香も家族関係に悩みを抱えています。幼い頃に両親が離婚し母親に育てられた彼女は、とうとう父親に死ぬまで会えませんでした。親友の虎太郎も恋人に裏切られた過去のために女性不信に陥っています。登場人物たちは皆、心のどこかが欠けていてそれを埋められず苦しんでいるのです。

達也は千尋の面影を綾香に重ね、想いを募らせていきますが、はたしてそれは千尋への気持ちなのか、それとも綾香へなのかはっきりしません。そして、作者がこのことに肯定的でも否定的でもないところが面白いところです。彼らの恋はかつてあったものの造り直し、リフォームなのだと言いたいのかもしれません。

やがて、綾香もリフォームの仕事が進むにつれて達也に心を開いていきます。そして、綾香の店のリフォームは終わり、ふたりの間に決定的な変化は訪れないまま仕事上の関係は終了します。

しかし、綾香への感情を抑えきれなくなった達也は、バリ島へインテリアを買い付けに行った彼女を追って行くのでした。

恋が互いの欠落を埋め合うことだというと、思い出すのは「古事記」の「吾が身は、成り成りて成り合はざる処一処あり」とか、プラトンの「饗宴」のアンドロギュノスの話ですが、理想の補完者なんてのはそうそういないわけで、実際には皆んな適当なところで手を打っているわけです。

あくまで理想に忠実にあろうとすると、恋というのは辛いですね。というか、辛いからこそ恋か。と、オッサンが真理みたいなことを言ってみましたww

達也と綾香、二人の恋の行く末はあなた自身の目でお確かめください。https://www.amazon.co.jp/dp/B01KHP08Y0

僕の小説との共通点は、どちらにも「島」が出てくることだけでしょうか。島なら何でもいいという島好きの方は、ついでに僕のセルパブ本もお読みください。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 14 伊藤なむあひ『東京死体ランド』

セルパブ小説を読んでみよう 16 藤崎ほつま『エレファント トーク』

セルパブ小説を読んでみよう 14 伊藤なむあひ『東京死体ランド』

今回は『このセルフパブリッシングがすごい!2019年版』ランキング1位の伊藤なむあひ『東京死体ランド』です。

とはいうものの、こんなランキングがあったんですね、へえ。どうしたらノミネートされるのでしょうか。ちょっと気になります。まずAmazonの売上ランキングでしょうか。

しかし、どうしたら売上を増やせるんでしょう? セルパブ作家は皆んな、知りたいことだろうと思います。

このあいだ読んだブログには「小説は売れないからダメだ。実用書を書け」みたいなことが書いてありました。いや、kindle本を売りたくて小説を書いているわけじゃないのよ、書いた小説が売れたらいいなと思ってkindleで出したの。根本のところを否定されてしまってはどうにもなりません。

で、『東京死体ランド』に戻りますと「ドナルド・バーセルミ」テイストのロードノベルです。長さからするとロード・ノヴェラって言った方がいいでしょうか。

どこがバーセルミ風だといって、何の説明もなくヘンテコな世界です。主人公「僕」は廃墟で「スピーカー」という男と暮らしています。「スピーカー」は音楽を聴いていないと死んでしまう男で、主人公はとくに理由もなく話すことができません。自分が思うことを他人に伝えられない制約を課されているわけです。また、主人公には「僕」にしか見えない妻子もいるのですが、彼自身は一度も妻子を持った覚えがなく、彼女たちは何度殺してもそれまでと同じようにそこにいる存在です。

世界はすでに滅んでしまったようですが、テレビもコンピュータネットワークもごく当たり前に機能しています。主人公たちもそれを不思議には思っていません。テレビからは「東京死体ランド」のCMがしきりに流れてきます。「東京死体ランド」はその名の示す通り死体のテーマパークです。

「スピーカー」はCMにイラついてランドを壊しに行くと言い出し、主人公は妻子をランドへ連れて行ってやろうと思ってついていくことにします。妻子を車のトランクに入れ、窒息するんじゃないかと心配しながら出発すると、外は死体だらけです。

どうやら生きている人間はむしろ珍しいようです。実際、話の中で生きているのは主人公たちふたりとリスが一匹だけ。死体は生きている彼らを仲間にしようと襲ってきます。

死体には死んでいる死体とそうでない死体がいて、死んでいない死体はときどき死んだふりをするので厄介です。死体のなかには自分が死体だと気付かず、他の死体を自分とは無関係だと思い込んで、自分が生者であるかのように振舞っている死体もあるようです。

主人公たちは襲い来る死体から逃れて、途中でブラックなバイトから逃げ出してきた死体も仲間にして、一路東京死体ランドを目指します。はたして目的の地では何が彼らをまっているのでしょうか。

もっと長くても面白く読める小説です。「無敵の人」の物語なのかな、と思いました。個人的には「スピーカー」というキャラクターが気に入っています。田島昭宇が漫画にしたら良さそうです。ぜひご一読を。https://www.amazon.co.jp/dp/B07H34PW74

僕の小説にも死体がぞろぞろと襲ってくるのがあります。僕のセルパブ本もお読みください。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 13 月乃宮千晶『ゼロの男』

セルパブ小説を読んでみよう 15 幸田 玲『夏のかけら』