セルパブ小説を読んでみよう 21 水谷悠歩『フルカミの里』

まさかパンデミックなんて考えてもみなかったですよ。前の新型インフルエンザのときだって大山鳴動して鼠一匹って感じだったし、エボラ出血熱については手洗いできる国なら流行らないようだし。戦前の「眠り病」嗜眠性脳炎の流行のときはどうやらウィルスのせいだってことがわかったあたりでなぜか流行が沈静化してしまったらしいので、今回のCOVID-19もいい加減沈静化してくれないものでしょうか。

というわけで、ウィルスには過敏になっている今日この頃、とある水死体から狂犬病類似ウィルスが発見され――という作品には自然と手が伸びますよね。水谷悠歩『フルカミの里』を読んでみました。

冒頭、暗闇に監禁されている人がいます。個人的に、これはいけません。光も音も遮断された環境を想像しただけで心が壊れてしまいそうになります。昔、テレビで萬屋錦之介の宮本武蔵をやっていて、あれは映画だったのか、ドラマだったのかわかりませんけど、武蔵が真っ暗闇に閉じ込められているんですね。すると、不動明王?とかの幻覚が見えてくるんですよ。うわあ、たまんねえなあ、って思ってチャンネルを変えた記憶があります。時間の感覚が曖昧になって、覚醒しているのか夢を見ているのか判断がつかない状況は恐ろしくないですか。

話は一転して、フリーランスのライター春日が友人鳥山の葬式からの帰りに公園で足を休めているとスーツ姿の若い女性が近づいてきて、烏山について話を聞かせてくれと言ってきます。彼女は衛生省の萱野と名乗りますが、友人を失って心のすさんでいる春日は、話が聞きたければ公園の池に飛び込めと無体な条件を出します。すると、萱野は言われたままに池に飛び込み、自身の真剣さを証すのです。

おや、まあ、と思って読んでいると、ずぶ濡れの萱野女史はそのまま春日の部屋へ行き(おやまあ)、シャワーを浴び(おやまあ!)、春日が買ってきた着替えを着て(おやまあ?)、死んだ鳥山の話をします。溺死した鳥山ですが、生前に新型狂犬病にかかっていたというのです。そして、狂犬病に罹患した場所を特定するには鳥島が研究していた巻物がカギになることを告げます。しかし、その古文書の巻物は発見されていません。

春日と萱野は失われた巻物『諏訪国風土記』と狂犬病を巡る謎を追ってある村にたどり着きますが、狂犬病の新たな被害者を生んでしまいます。噛まれてわずか一日で死に至る病。しかも特効薬がありません。何としても感染の拡大は防がなくてはなりません。ここから物語はハイスピードで展開し、一気に結末へ向かいます。

この小説の魅力はいくつも重層的に配置された謎でしょう。そのなかでも物語の中心となる謎、なぜそこに日本では駆除されたはずの狂犬病が存在したのかということの答えには感心しました。まるで予想もしなかったし、なるほどなあと納得させられました。

さらに、春日と萱野の関係については、その後も「おやまあ」なことが繰り返されるとだけ申し上げておきましょう。https://www.amazon.co.jp/dp/B07RPNQBZK

自作の宣伝です。狂犬ではありませんが、三つ頭のでかい犬が出てくる話を収録しております。危険な犬が好き、という方はぜひお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

セルパブ小説を読んでみよう 20 タダノ ケイ『ゲームトピア』

セルパブ小説を読んでみよう 22 鵜飼真守『星見の辰之進』

セルパブ小説を読んでみよう 20 タダノ ケイ『ゲームトピア』

正直、ジャケ買いです。とても単純だけど、力強い表紙。タダノ ケイ『ゲームトピア』。ⅠとⅡに分かれています。合計で約350ページ。短めの長編ですね。

たしかに美少女から、この世界は本当じゃないの、なんて言われるのはいかにも主人公っぽいわけです。

世界の秘密に触れられるのは主人公の特権だけれども、物語の始まりでは秘密の一部だけしか与えられず、秘密のすべてを知るために主人公は苦難を乗り越えていかなければならない、というのも物語の定番パターンではあります。秘密を知る美少女は主人公の先達者となって、やがてはパートナーとなるというのもお決まりのコースでしょう。

じゃあ、こんなSAO風の仕立てがこの小説のあらすじなのかといえば、そうではありません。この小説は視点人物を複数設定していて、これはあくまでラノベ世界の住人っぽい厨二少年の視点に立ったときの話です。

美少女の視点、中年オヤジの視点、地味少女の視点、それぞれの明確に異なる人格を通してポリフォニックに描かれる小説世界はそんなに単純なものではありません。

言い換えれば、少年に提示された秘密など、すべてを俯瞰する読者の前にある謎に比べれば、むしろ馬鹿々々しいほどに単純なのです。読者としては、これが小説である以上、ゲーム世界が本当で現実世界が虚構である可能性も捨てられないし、「天の声」とは何者か、預言が成就するとはどういうことなのかということも気になります。

謎に引っぱられて前半は読まされることになりますが、あらかたの謎が明らかになった後半は前半のファンタジー風な話から一転、アクション小説になります。いずれにせよ、作者の確かな技術によって紡ぎ出されたリーダビリティの高い小説です。一旦読み始めれば、砂漠の果て、約束の城で少年と美少女が再会するまで、一気に読まされることになるでしょう。https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07ZG4TWPQ

自作の宣伝です。剣と魔法の物語です。現実世界は出てきませんが、ハイ・ファンタジーかと言われると、書いた本人も首をひねります。ソード・パンクだと思ってます。ついでにお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

セルパブ小説を読んでみよう 19 乙野二郎『ウィンター・ホワイト~広島護国神社前殺人事件~』

セルパブ小説を読んでみよう 21 水谷悠歩『フルカミの里』

セルパブ小説を読んでみよう 19 乙野二郎『ウィンター・ホワイト~広島護国神社前殺人事件~』

乙野二郎『ウィンター・ホワイト~広島護国神社前殺人事件~』現役の弁護士でもある作者が書いたリーガル・サスペンスです。

法廷ミステリというと頭に浮かぶのはぺリイ・メイスンなんですが、実のところ僕はあんなにあるシリーズのうち数冊しか読んでおりません。ガードナーが古すぎるとすればグリシャムですか。こっちも読んだのは『法律事務所』だけ。グリシャム以降の法廷ミステリとなるともうピンと来ません。日本だと「赤かぶ検事シリーズ」の和久俊三でしょうか。不勉強で申し訳ない。乱歩賞受賞作しか読んでいません。和久俊三も弁護士でしたから、やはり法曹関係者以外には手を出しにくいジャンルなのでしょう。となると『検察側の証人』をものした「素人」クリスティはすごいなと思います。そういえば処女作『スタイルズ荘の怪事件』も(以下ネタバレにつき自粛)。

というわけで、素人としては法廷ミステリというとどうしても、検事と弁護士の丁々発止のやりとりを予想してしまうのですが、本作の裁判は極めてリアルに淡々と進められていきます。

主人公「私」は弁護士で、殺人事件の被疑者である妻の弁護をしています。すでに一審は妻の有罪で決していて、今は控訴係争中です。妻は結婚して一週間もしないうちに逮捕されてしまいました。新婚ホヤホヤどころではありません。ほぼ結婚していないに等しいです。

殺人のあった現場は「開かれた密室」状態になっていて、第一発見者であった妻が犯人とされたのです。この密室トリックを解いていく本格系のミステリかな、圧倒的に不利な状況を主人公はどう逆転させるのかな、と読んでいきますが、主人公はどんどんどんどん追い込まれていきます。

まさかこれはアイリッシュの『夜は千の目を持つ』みたいな話じゃあるまいな、と不安になりかけたところで、主人公は思い切った行動に出ます。これはこれでホントびっくりな展開です。そして、ラストにはもうひとつビターなどんでん返しが待っています。

あとがきに書かれていましたが、とてもハードボイルドな作品となっております。ノワールじゃなくて、チャンドラー直系のハードボイルド好みの大人の方にはぜひ読んでいただきたいですね。https://www.amazon.co.jp/dp/B06XQJZ8KW

ハードボイルドといえば、僕もこれはハードボイルドのつもりで書きました。ついでにお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

セルパブ小説を読んでみよう 18 牛野小雪『聖者の行進』

セルパブ小説を読んでみよう 20 タダノ ケイ『ゲームトピア』

セルパブ小説を読んでみよう 18 牛野小雪『聖者の行進』

作家に複数の作品がある場合、以前は処女作から読み始めていたのですが、最近は長い物から読むようになりました。齢を取ったせいだとおもいます。全作品読破してやろうという気力がもうないんですね。美味しいとこだけいただきたい、みたいな感じになっているのです。というわけで、牛野小雪さんの作品からはこれを選んで読んでみました。『聖者の行進』上・下巻。

始まりはノワール小説のようです。「まさやん」なる男が殺人を重ねていく話が続きます。金銭を得たり面倒を回避したりする一番簡単な方法として、安易に「まさやん」は人を殺していきます。その単純さには一種爽快感さえ覚えます。

この殺人鬼を追う刑事が登場してきますが、こちらの男も組織からのはみ出し者。中庸から大きく外れたふたりの対決をメインにして話は進むのだろうと読んでいると、意外に早く刑事は「まさやん」にたどり着き、物語は読者の予想を裏切って全然違う、バラード&マッドマックス風な世界破滅小説へと展開していきます。しかし、物語にはマックスも北斗神拳伝承者的なキャラクターも登場せず、日常的な一視点から始まった物語が、最後には宇宙的な視点に至って幕を下ろします。モヤモヤした、独特な読後感を残す小説です。

もっとも、端から奇妙な風味の小説ではあるのです。特定のpovが設定されておらず、古くは横光利一の『機械』の第四の視点のような感じで、登場人物全員の心理がベタに描写されていきます。しかし、この四人称描写は、下巻になると、作品世界で混乱が広がっていくのとは逆に、ごく普通の多視点描写に収束します。

また、作中いくつものフックがあって、たとえば「タナカ」という名が連鎖すること、「桃缶」と「乾パンにアンコの缶詰」がやたらと繰り返し食されることなど、そこにどんな意味があるのか非常に気にかかるところです。

そして他のどんな謎よりも、「まさやん」は一体何者なのか、読み進めれば進めるほど、この人物に担わされた意味を考えざるをえなくなるでしょう。

Amazonのレビューを見る限り賛否の分かれる作品です。たしかに暴力描写が苦手な人にはお勧めできないかもしれません。ただ、こういう実験的な小説はセルパブでしか読めないのも事実。

読後、あなたが面白かったと思うか腹を立てているかはわかりませんが、Kindle Unlimitedならそれを確かめてみても損はないんじゃないでしょうか。https://www.amazon.co.jp/dp/B0771FBB5Q

自作の宣伝です。町が破滅しそうで破滅しない小説あります。ぜひ僕のセルパブ本もお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

セルパブ小説を読んでみよう 17 王木亡一朗『Our Numbered Days』

セルパブ小説を読んでみよう 19 乙野二郎『ウィンター・ホワイト~広島護国神社前殺人事件~』