セルパブ小説を読んでみよう 18 牛野小雪『聖者の行進』

作家に複数の作品がある場合、以前は処女作から読み始めていたのですが、最近は長い物から読むようになりました。齢を取ったせいだとおもいます。全作品読破してやろうという気力がもうないんですね。美味しいとこだけいただきたい、みたいな感じになっているのです。というわけで、牛野小雪さんの作品からはこれを選んで読んでみました。『聖者の行進』上・下巻。

始まりはノワール小説のようです。「まさやん」なる男が殺人を重ねていく話が続きます。金銭を得たり面倒を回避したりする一番簡単な方法として、安易に「まさやん」は人を殺していきます。その単純さには一種爽快感さえ覚えます。

この殺人鬼を追う刑事が登場してきますが、こちらの男も組織からのはみ出し者。中庸から大きく外れたふたりの対決をメインにして話は進むのだろうと読んでいると、意外に早く刑事は「まさやん」にたどり着き、物語は読者の予想を裏切って全然違う、バラード&マッドマックス風な世界破滅小説へと展開していきます。しかし、物語にはマックスも北斗神拳伝承者的なキャラクターも登場せず、日常的な一視点から始まった物語が、最後には宇宙的な視点に至って幕を下ろします。モヤモヤした、独特な読後感を残す小説です。

もっとも、端から奇妙な風味の小説ではあるのです。特定のpovが設定されておらず、古くは横光利一の『機械』の第四の視点のような感じで、登場人物全員の心理がベタに描写されていきます。しかし、この四人称描写は、下巻になると、作品世界で混乱が広がっていくのとは逆に、ごく普通の多視点描写に収束します。

また、作中いくつものフックがあって、たとえば「タナカ」という名が連鎖すること、「桃缶」と「乾パンにアンコの缶詰」がやたらと繰り返し食されることなど、そこにどんな意味があるのか非常に気にかかるところです。

そして他のどんな謎よりも、「まさやん」は一体何者なのか、読み進めれば進めるほど、この人物に担わされた意味を考えざるをえなくなるでしょう。

Amazonのレビューを見る限り賛否の分かれる作品です。たしかに暴力描写が苦手な人にはお勧めできないかもしれません。ただ、こういう実験的な小説はセルパブでしか読めないのも事実。

読後、あなたが面白かったと思うか腹を立てているかはわかりませんが、Kindle Unlimitedならそれを確かめてみても損はないんじゃないでしょうか。https://www.amazon.co.jp/dp/B0771FBB5Q

自作の宣伝です。町が破滅しそうで破滅しない小説あります。ぜひ僕のセルパブ本もお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

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