セルパブ小説を読んでみよう 26 月ノ羽衣『IN BLOSSOM』

濃厚接触回避はおろか、STAY HOME SAVE LIFE が求められる今日この頃、世間の恋する高校生たちはどうしているのでしょうか。

春休み直前から学校は休みになってますから、もう夏休みよりも長く学校を離れているわけです。片想いの子は日々悶々としているのではないでしょうか。

つきあいだしたばかりの子たちは毎日LINEとかZOOMでぺちゃくちゃやってんだろうけど、会いたい気持ちってのはどうなってんですかね? なんだかんだ言ってデートとかしてるのか。

ザマア見ろ、リア充め、とかぶつぶつ言っている子もいるだろうな。

何でこんなことを考えているのかというと、今回読んだのが恋する女子高生のお話だからなんですね。月ノ羽衣『IN BLOSSOM』。

主人公は二次元の推しに入れ揚げている女子高生です。学校には仲の良い三人の友だちがいて、彼女たちはスクールカーストの中ぐらい辺りに位置している感じです。友だちのひとりは「リア充」でつきあっている彼氏がいます。この「つきあっている」は性的な関係を持っているということと同じ意味です。残りの「処女」組は主人公のような二次元推しではないものの、いまだリアルな恋愛関係とは無関係です。

主人公はそんな仲間と同じ奥手なフリをしていますが、実際には中学生の頃に男の子とつきあったことがあり、そのときにセックスも経験しています。しかし、その経験は彼女にとって苦痛でしかなく、性的な接触や行為に嫌悪感を覚える自分に気づかされます。その結果、恋愛と性の間に乖離がある彼女は、どこにでもいるやりたいだけの中学男子から病気だと言われてふられたのでした。

そんな彼女が二次元へ走ったのは、ある意味必然でした。触れ合うことのない相手「『クリスタルメイズ』のしづ様」は彼女にとって理想的な恋人だったのです。二次元と三次元という絶対的な断絶があるからこそ、愛に応えてもらう期待などする必要もなく、一方的に愛するだけの安心がそこにはありました。

しかし、三年になって新しいクラスになった彼女の前に突然、早瀬さんという同級生の少女が現れます。しづ様を女にしたようだと思った主人公は、その日から彼女のことが気にかかるようになってしまいます。早瀬さんは主人公よりも上位のカーストに属していて、「いつも柔らかく咲って」います。主人公は同じ教室にいる早瀬さんを意識せずにはいられなくなって、やがてその感情が恋だと気づきます。

女の子相手の恋、しかし、女の子が相手でもやはり性的なことは気持ちが悪いと思うのです。つまり、主人公は男女のどちらとも恋をするけれども、どちらの性が相手でも性的な接触は嫌悪する人なのです。主人公は自分自身の取り扱いに困惑します。性的なことを嫌悪する自分は特殊なのではないかと悩むのです。しかし、ネットで性的な接触を嫌悪する人が他にもいることを知ります。その人たちは自分たちを「ノンセクシャル」と呼んでいました。主人公は自分も「ノンセク」なのだと理解します。

でも、自分を理解できたからといって、早瀬さんの問題が解決するわけではありません。むしろ、問題は難しくなったと言えるのです。まず、同性であるという点、次に性的な関係はNGである点、そして、恋愛関係は友達関係ではないという点(主人公は親友たちと同じようなかたちで早瀬さんと仲良くしたいのではありません)、これらの点をクリアしない限り、彼女の恋は成就しないのです。

二次元の恋がセーフティーネットとして役に立っていたのは、それが求めない恋だったからだということを、主人公は身に沁みます。初めから応えがないとわかっているから自由に好きになれたのです。しかし、三次元の、同じクラスにいる、生身の早瀬さんが相手ではそうはいきません。可能性がゼロでない限り、恋は応えを求めるのです。主人公の恋が実るには相手も自分と同質の人間である必要があります。しかも、それはスタート地点でしかありません。さらにその上に「好かれる」といういちばん大切な問題があるのです。主人公は自分が絶望的な努力を強いられていることに打ちのめされそうになります。それでも、彼女の心は早瀬さんを求めてしまうのです。

これは自分を知ったひとりの少女が、彼女にしかできない恋を通して、この世界とどう向き合っていくかスタイルを見出す物語。LGBTであるとかノンセクであるとかいう場合に限らず、人は自分が誰かを知ったときに世界に対してどう立つのか、これは文学の万古不易のテーマでしょう。皆さま等しく、読むよろし。https://www.amazon.co.jp/dp/B086SH9RLQ

自作の宣伝です。セクマイの人もちょろっと出てきます。ついでにお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

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