セルパブ小説を読んでみよう 32 小鳥遊菜絵『生の果て 願いの先:インヴェンション』

もう何十年か前のことになりますが、母方の祖父が亡くなったとき、伯母の夢枕に祖父が立ちまして、伯母曰く「お父さんが〇〇子(うちの母)に何か言いたがっている」とのこと。

いったい祖父は母に何を言い残したかったのかと親戚中が盛り上がるなか、とうとう母の枕元にも祖父がやってきました。そして、「〇〇子、おまえは牛乳を飲め」と告げて消えたそうです。

牛乳嫌いの母(当時50代)へどうしても伝えたかったことがそれか。夢枕の無駄遣いだと母は立腹しておりました。

さて今回は幽霊の話です。といっても、ホラーではないですね。小鳥遊菜絵『生の果て 願いの先:インヴェンション』。

霊の見える女子高生、園宮華が主人公。学校へ行くと友だち美智子の後ろには友だちの死んだお父さんがいて、四六時中美智子にくっついて歩いています。屋上にはずっと昔に飛び降り自殺した吉野さんがいます。彼らが見えて話もできることは他の誰にも内緒です。といっても、家族の他には美智子と美術部の風見先輩くらいしか話をする相手もいないのですが。

この力、どうやら生まれもったものではなく三年前の九死に一生を得た交通事故以来らしい。らしい、というのは、華には三年前の事故を境にしてそれ以前の記憶がないからです。つまり記憶喪失ですね。華には両親も兄もいますが、その家族は病院で目覚めたときに彼女に「家族」だと告げたひとたち。頭では家族だと理解できているのですが、思い出がないので実感として感じられないでいます。しかも、両親と兄の三人は何やら彼女に隠しごとをしている様子。

華は家でも外でもさびしい少女です。心を許せるのは美智子ひとりきり。そんな華の前へ華にそっくりの幽霊が現れます。

幽霊とはこの世に強い執着を残して死んだ者たち。死んだときに何かとても大切なものを失った人たちです。たとえば「おじさん」は娘美智子のことが気にかかってこの世に残ってしまいました。

生き残った者だけが死者を失ったわけのではないのです。死者もまた死ぬことで生きている者を失う。人と人との間のつながりが死によって絶たれるのです。「おじさん」は美智子を失うことに耐えられなかったので幽霊になってしまいました。

幽霊になる理由はひとりへの愛着だけとは限りません。人の世そのものへのこだわりの場合もあります。とくに自殺者はあらかじめ「つながり」を失ったがために死を選んだわけですが、死ぬことで絶対的に喪失してしまうのです。

生者への執着は死者を幽霊としてこの世でもあの世でもない「冥界」にとどめますが、生者とつながることはできないのでそれは苦痛以外の何ものでもありません。この苦痛の度合いが強ければ幽霊は己を保つことができなくなり悪霊へ変質してしまいます。悪霊は生死の境界を越えて生者に害をなします。とりわけ冥界に近い者、華のように強い霊感を持つ者が影響を受けやすいのです。

そんな幽霊の世界にも、冥界の仕組みに自覚的な霊たちがいることが徐々に明らかになっていきます。そして、そこには対立や抗争があることも。

さて、華にそっくりな少女の霊は何者なのか。生者よりも死者のほうに知り合いが多い孤独な主人公は、この生者の世界とどう折り合いをつけていくのでしょうか。https://www.amazon.co.jp/dp/B00J7H9L9I

自作の宣伝です。幽霊そのものは出てきませんが、降霊術で呼べることにはなっております。死者は皆んな、もう怖いものがないので傲慢で身勝手という設定です。作者のひねくれた性格が出てしまいました。ついでにお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

セルパブ小説を読んでみよう 31 遊良カフカ『先生失踪: 失われた原稿を求めて』

 セルパブ小説を読んでみよう 33 大西宏幸『神々の関ヶ原』

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください