セルパブ小説を読んでみよう 34 藍田ウメル『Words・Ⅰ』

拙作も載せていただいている『セルパブ夏の100冊2020』https://bccks.jp/bcck/164916/infoから1冊。藍田ウメル『Words・Ⅰ』です。

中学校三年生の主人公「僕」と、彼を取り巻く少女たちの物語。

主人公は幼い頃から母親の強い支配の下にあり、自身の希望はことごとく母親によって否定されて育ちます。母親は彼を自分の理想の型に嵌めようとしますが、じつのところその型自体が母親の場当たり的な思いつきによるものでしかありません。結局、母親の理想は常に世間の反映としてあり、母親自身が世間にどう見られたいかに由来するものなのです。母親自身の主体的な欲望には基づいていません。彼にピアノを習わせても、本気で彼をピアニストにしたいわけではないのです。ある意味、母親は空っぽなのです。

そして、この親に育てられた「僕」もまた母親の押し付けを嫌悪するだけで、主体的な何かを自身の中に育ててはきませんでした。そのため、強制に抗う言葉を持たず、臨界に達するとただ感情を爆発させることしかできません。母親の圧迫のないところ、あるいは弱い部分に、彼はあたかも自分の欲望があるかのように誤認します。たとえば小学校でバスケをやりたかったのも母親に強制されたサッカー少年団で自己承認を得られなかったからに他なりません。だから、中学に上がり部活として母親にも許容される環境ができると、バスケの熱も冷めてしまうのです。

部活をやめた「僕」は母親の命令で塾へ通うようになりますが、学校では友人もなく、かといってそれを苦にするでもなく三年生を迎えます。そしてクラス内で起きたある事をきっかけとしてふたりの少女と親しくなります。

ひとりはスクールカーストの外部にひとり立っているような、大人びた雰囲気の美少女「光屋かほ里」、もうひとりは正義正論をふりかざす委員長タイプの「真沢佳織」。ふたりのかおりは「僕」に近づいてきて、「僕」があるべき姿を規定し、現状の「僕」を否定します。

主人公は「真沢」と、求められるままに付き合い始めます。「僕」はそれまで「真沢」のことなどまったく意識していませんでしたが、「付き合う」ことになるのはバスケのときと同じで、母親の禁忌に触れるから(イコール自由)に他なりません。しかし、その交際は周囲には秘密で、廊下で手渡しされる「手紙」こそがその実体です。そして、「手紙」では饒舌に語られる「言葉」が、実際のデートではお互いの口から出てきません。出てきてもちぐはぐなやりとりにしかならないコミュニケーション不全。そこでは「言葉」が生きていません。

しかし、愛の「言葉」を綴っているはずの「手紙」も「かほ里」に言わせれば「借り物」ということになります。主人公が本当に心を寄せる「かほ里」は、こうして彼に呪縛をかけてしまうのです。「僕」は彼女に歌詞を書き続けます。しかし、それは「パクリ」であり「つくりもん」という評価しか得られません。「僕」はつくりものでない本当の「言葉」を求めることになります。

では、本当の「言葉」とは何であるのでしょう。主人公にとって本当の「言葉」は「かほ里」と自分の間を埋めるものであり、それは言い換えれば相手を自分の意志に従わせる「言葉」、自分を従わせようとする者に抗える「言葉」であるはずでした。

この小説には他にも少女たちが登場しますが、どの子も自分のほうから「僕」に近づいてきては「僕」に理想の姿を要求し、それに適っていないと言っては否定してきます。つまり、少女たちは母親のヴァリアントとして主人公の前に現れるのです。そして「僕」は少女たちに対抗する「言葉」を持ちません。

この「強要と反抗の不可能性と服従」の組み合わせは、主人公には女性との関係性がそういものとして現れるとも言えますし、また主人公が望んでいるものだとも言えるでしょう。たとえば「僕」と「かほ里」のクライマックス場面での会話には多分に加虐被虐性愛的な匂いが感じ取れます。

しかし、この場面で「僕」の口から発せられた、何のかざりもないハダカの言葉も、彼の願うようには働いてくれませんでした。そして、この瞬間から主人公と少女たちの関係は大きく動いていきます。

「Words」と題された四部作となる予定のこの小説は、「かほ里」によって「創作者」たるべく呪いをかけられてしまった男の物語です。

はたして「言葉」は彼に反抗の力を与えるのでしょうか。それとも、そんな「言葉」は虚妄でしかないのでしょうか。「言葉」を紡ぐという営為は彼に何をもたらし何を奪っていくのでしょう。今後に目を離すことのできない作品です。https://www.amazon.co.jp/dp/B08798ND1V

この下は自作の宣伝です。『竜禍』も「セルパブ夏の100冊 2020」に載せていただきました。ついでにお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

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