セルパブ小説を読んでみよう 36 権藤将輝『おばけのリベンジ』

逆から考えるっていうのは、よく発想法とかの話で紹介されている方法のひとつですが、生きるってことを考えるときに、死ぬってことの方から見てみるというのもよく見かけますよね。ただ、この場合、死ぬってどういうことなのかはっきりさせておかないと、生も死もどちらも訳がわからなくなってしまいます。

大体生きてる人は皆んな死んだことがないから、「生きる」よりも「死ぬ」の方が本来わかりにくいはずなんです。だから、僕らが考える「死ぬ」はあくまでも仮定の域を出ない。誰の言う「死ぬ」も本当かどうかはわからない。確かめたかったら、自分が死んでみるしかないわけです。言い換えれば、人の数だけ「死ぬ」があり、そのどれもが等しく「確からしい」んです。

このことを小説で見た場合、死をどうとらえるかは死後の世界の有り様として表現されます。死んだら無、何もない、というなら、死後の世界も存在しない。

死後の世界は生前の世界とはまるで別の世界(たとえば地獄だとか)だと考えるか、あるいは生前の世界に類似した場所だと考えるか。いずれにしても、そこは生前の延長として考えられています。生前の行いに懲罰みたいなものがあるにしてもないにしても、そこにいる死者は生前から連続した人格を持っているのが当たり前。

日本の小説では大抵、そこへ「生まれ変わり」という要素も入ってきます。死んだあと新しい生へ生まれ変わる。

でも、よく考えれば死者の世界にいる人は皆、過去に何度も生まれ変わっている人ですから、それぞれの生の記憶もあっていいはずだし、何百何千の人格が混然となっていてもおかしくないはずです。しかし、そんな統合人格みたいなのが集まった死後の世界は読んだことがありません。

死者が持っているのは死ぬ前の人格ひとつだけというのがほとんど。つまり、死後の世界は生前のエピローグ的な位置づけなんですね。もうお話は終わっているのです。終わった物語は変えられません。

死後の世界が出てくる小説は、ここからふたつに分けられるのではないかと思います。ひとつは変えられない物語を変える話、具体的には人生をどこかの時点からやり直す話ですね。

この場合、「生きるなんてどうやったって同じ」か「生のどの部分も大事だから一生懸命生きないとね」かが作者の結論となりがちです。

もうひとつは、死者が現実世界にコミットしようとする話、死んだ人間が恋人だとか家族のところへ行って何かしようとします。「報われなくても尽くすのが愛情だ」とか「苦しいことも辛いこともあるけど、生きていればこそ良いこともある」といった話に落ち着くことが多いのではないでしょうか。

さて、今回の権藤将輝「おばけのリベンジ」はこのふたつ目のパターン。あの世の人たちがこの世へ来て何かする方のお話。といっても、愛する人のところへ出かけていくのではなく、恨んで死んだ相手のところへ出て行きます。まあ、死者の在り方としてはこっちの方が正しいですよね。

で、この世に出てき何をするかというと、あまり凄いことはしない。祟り殺す、とかそんなことはしません。できないみたいだし。

恨みを遺して死んだ人は、幽霊になって相手をドッキリさせにきます。どうやって脅かすかは、ホラー映画を撮っているのと同じ。ワイヤーアクションとか人手が必要です。なかなか大変そうです。でも、映画ならびっくりするのは観客で、しかもびっくりしたくてお金払って見に行くわけです。おばけの場合、完全におばけ側の自己満足でしかない。この辺り、この小説のテーマにも絡んでくるところです。

もっとも、おばけに恨んでいる相手をびっくりさせなきゃいけない義務があるわけではありません。要はどっちでもてもいいんだけど、ドッキリさせたら溜飲が下がるかなって程度でおどしに行きます。

生まれ変わる前にスッキリしとくかー、ぐらいの感覚ですね。で、いつ生まれ変わるかも死んだ人自身の判断に任せられています。ですから、主人公のひとりオジサンはずっと生まれ変わらずに他人のドッキリの手伝いを続けています。

このオジサンと、すでに恨みを晴らしてスッキリしたオネエサンが、「男らしくない」がために死んでしまった少年をそそのかして、少年をいじめていた元クラスメートをおどかしに行くのが主たるお話です。

ドッキリぐらいで恨みは晴れるのか、そもそも恨みを晴らしてどうするんだといったことを読んでいるうちにあなたは考えることになるでしょう。

死後の世界もいろいろです。この小説では生前の世界と大差ありません。お金と家が存在しないくらいで、他のものは大抵あります。たとえば、主人公たちがいつもいるのは場末のスナックみたいなところです。

ずっと酔っぱらっていてもいいんでしょうが、それはそれであまり楽しくないという人もいるでしょう。過労死で亡くなった人が欲しいのはきっと酒や料理よりも柔らかい布団と静けさだろうな、と思いました。僕は全然忙しくないんですけどね。ぜひ御一読を。https://www.amazon.co.jp/dp/B08C2MHW8W

以下は自作の紹介です。死者はやってこないけど、傲慢だという設定の話です。全部 Kindle Unlimited で読めます。

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