『明智小五郎回顧談』

昭和20年代に明智小五郎のもとへ回顧談を聞きに行くという話。乱歩を始め戦前期の探偵小説を読み込んできた読者には、かなり面白いはずの一冊。そうでない人には少々わかりにくいかもしれない。何よりネタバレ満載なので、多少なりとも乱歩に興味がある人には先にオリジナルを読んだ方がいいと言いたい。当然と言えば当然なのだが、ここに描かれている明智小五郎や二十面相は、平山雄一の明智であり二十面相である。乱歩ファンの一人ひとりにそれぞれの明智や二十面相がいるのであり、そこに違和感を覚えるのは仕方のないことである。腹を立てたり批判したりするのはお門違いというものだ。ただ、乱歩をまだあまり読んでいない読者には、余計なバイアスのかかった明智小五郎像を見せるのはどうか、という気はする。やはり、この本は探偵小説「マニア」が手にすべき本であって、「趣味」の本なのだ。

生涯最悪の……

私は、自他ともに認める無類の磯辺揚げ好きだが、先週、半世紀にも及ぶこの人生において最も不味い磯辺揚げを口にした。

磯辺揚げの主材料は、チクワ、小麦粉、青のり、油。

これにバリエーションで何か加わるとしてもだ、磯辺揚げの味の振り幅なんてそう大きくはない。

予想を超える美味さもないかわりに不味さもない。のり弁の謎の白身フライの横に、なにげなく当たり前のように存在する。きわめて存在感の薄い食い物。

言い換えれば、磯辺揚げなんてものは不味く作ろうにも限度がある、ということだ。

その限界を易々と越える料理人については、これはこれでひとつの才能かな、と感心すると同時に、私に何か恨みでもあるのか、とふつふつと怒りが沸いてきたのだった。

まず、チクワが輪のままである。縦に切断されていない。まあ、これは流儀みたいなものだから、縦に切らなくたっていいのだが、それでも許されるのは細いチクワの場合だけで、おでんに入れるようなチクワでは駄目だ。これにコロモがつくんだぜ。磯辺揚げに大口開けてかぶりつくなんて聞いたことない。

そして、コロモだが、どうしてチクワの半分までしかついていないのか。おしゃれのつもりなのか、手抜きなのか、そこが今ひとつ判然としないところである。コロモのついていないところは、ただのチクワの素揚げでしかない。チクワの素揚げはチクワを揚げた味がするだけである。

コロモのついている方も、このコロモに問題があって、磯辺揚げの磯辺揚げたる根拠であるところの青のりが異常に少ない。水溶き小麦粉の中へ間違って青のりが落ちてしまったのかというぐらいに少ない。これでは磯辺揚げではなくチクワの天ぷらである。

だが、これらの諸問題を差し置いて何より問題なのは、コロモが固いということである。齧るという表現がぴったりするくらいに固い。元々固かったのが冷えて余計に固くなっている。もはや磯辺揚げのコロモではなく、磯辺揚げの殻である。いつからチクワは甲殻類になったのかという体である。

全国にはまだまだこうした恵まれない磯辺揚げが存在するのだろう。とはいえ、磯辺揚げ救済の声を上げるつもりはない。

しょせん磯辺揚げだからね。

His performances are also slightly parts of the latest Japanese culture.

Recently, TABOO LABEL, operated by Naruyoshi Kikuchi, held a music event “Great Holiday”. In this event, Naruyoshi Kikuchi performed in four bands, pepe tormento azucarar, dC/prG, JAZZ DOMMUNISTERS, and SPANK HAPPY. They are quite different from each other, but I cannot say which group is best for him. Their performances were so nice that I was moved.

スチームパンク!

スチームパンクのコミック、読みました。

「レディ・メカニカ」シリーズの1作目。”Mystery of the Mechanical Corpse”
「機械仕掛けの死体の謎」とでも訳せばいいのかな。

ストーリーとしてはそんなに風呂敷広げてないけど、設定は結構細かく決めているようだ。
もっとも、ガジェットを見ているだけでも楽しい。

kindle unlimited で読めるのも嬉しい。

May the plastic pack be with you.

先日、山口ちはるプロデュース「ビニール袋ソムリエ」を見てきた。

これが、あの「小林光地獄」のリメイクなのかという出色の出来。

「あなたとコンビニ」というコピーが、これほど重く深く口にされたことがかつてあったろうか。

芝居を見終えた後も、耳にこだまするファミマの入店音。

そして、いつか僕はきっとファミリーマートの店頭で不意に思い出して泣いてしまうのだろう。

近所に住んでいる人とファミマの社長は絶対に見に行くべき。

http://yamaguchiproduce.wixsite.com/mysite/blank-7

「〈堕剣士〉キロク 背徳の島」リリースいたしました!

「〈堕剣士〉キロク 背徳の島」Kindle版、無事リリースいたしました。
Amazonよりご購入いただけます。

ジャパニーズ・ソード・パンクの傑作と自負しております。
(他に存在しないんだから、傑作に決まってる)

ビターでハードボイルドな、大人のためのダーク・ファンタジーとなっております。
ぜひお読みください。

読み放題の kindle unlimeted でも読めますので、unlimitedご契約の方は他の本のついでにでもポチっとしてください。

お読みいただきましたら、良きにつけ悪しきにつけ率直な感想をレビューに残していただけましたら幸甚です。
また、「読んだよ」とメールをいただければ、次回作リリースの際など、お知らせさせていただきます。

KDPをやってみよう(4)

とはいえ、とはいえ、である。
無料で読ませていた物を有料化するというのも随分と態度のデカい話にはちがいない。
さすがにそれだけではおカネを取るのは申し訳ない。というわけで、もう1編追加することにした。
字数の面からも、1冊の本にするにはもう40,000字くらい欲しいところではあった。

で、急遽、中編「銷魂の瞳は宝玉の碧」を書き下ろした。
主人公キロクが宝玉のなかにある異世界に閉じ込められてしまうという話だ。

追加の小説を書く一方で、表紙の絵をどうするかも考えた。
やっぱり小説は表紙が大切。自分自身の経験でも、ジャケ買いした小説やCDはゴマンとあるわけで、初めての作家に手を出すときって表紙の力は大きいと思う。

だから、素人の僕が適当に作ってお茶を濁すつもりはまったくなかった。
能力のある人にきちんとおカネを払ってお願いする――これだけはKDPを思いついたときから決めていたことだった。

だがしかし、これもテンプレ話と同じで、万人受けを狙うつもりはさらさらない。
電子書籍化するこの作品には、僕自身アニメ絵っぽいイメージがないのだ。
しかも、暗い。全然、明るいイメージがない。
地下牢みたいなイメージで書いてるんだからしょうがない。

ダークファンタジーらしい絵を描いてもらいたい。それで、前々から気に入っていた絵師 L/M MUFFET さんに依頼した。

主人公に「死と乙女」が絡んでいるような構図で、とややこしいお願いをしてしまったのだった。

マカロニウエスタンを見た日

高校生のころ、あまりに安いんでハンバーグは猫肉だという噂の立った洋食屋へ行ったら、メニューに「マカロニインディアン」てのがあった。
マカロニウエスタンからの連想でイタリア風のネイティブアメリカン料理だろうかと思って注文したら、マカロニをカレー粉で炒めたのが出てきて愕然とした覚えがある。

ああ、そうか、インディアンは本来そっちか、と納得したものの、それならマカロニウエスタンは西部劇風伊映画だよなあ、と思った。

もっとも、イタリア製西部劇でも西部劇風イタリア映画でも大した違いはないだろう。
だいたい、マカロニウエスタンの嚆矢とされる「荒野の用心棒」にしてからが黒澤明の「用心棒」のパクリだったわけで、そうなるとイタリアとアメリカのみならず日本までごちゃ混ぜになっていることになる。
じゃあ、それが悪いかというと、そんなことは全然ないのだ。
むしろ、全編をムラなく覆っているインチキ臭さがマカロニウエスタンの魅力だ。

で、何げなく昼間テレビをつけたら、これをやっていたので思わず見てしまった。

ジュリアーノ・ジェンマとリー・ヴァン・クリーフ。
このリー・ヴァン・クリーフがすごく良い。
とてもよくできたストーリーだが、敵役のガンマンをヴァン・クリーフがやっていなかったら、さてどうなっていたことか。さすがリヴォルバー・オセロットである。

作中、ガンマン十戒というのが出てくる。

教訓の一 決して他人にものを頼むな。
教訓の二 決して他人を信用するな。
教訓の三 決して銃と標的の間に立つな。
教訓の四 パンチは弾と同じだ。最初の一発で勝負が決まる。
教訓の五 傷を負わせたら殺せ。見逃せば自分が殺される。
教訓の六 危険な時ほどよく狙え。
教訓の七 縄を解く前には武器を取り上げろ。
教訓の八 相手には必要な弾しか渡すな。
教訓の九 挑戦されたら逃げるな。全てを失う事になる。
教訓の十 皆殺しにするまで止めるな。

これ、どこかで使ってやろうと思う。

KDPをやってみよう(3)

KDPをやってみることにはしたものの、何を電子書籍化するかというのが悩みどころ。

「小説家になろう」とちがって、読む方はタダじゃないからね。
値段をいくらにするかということもあるけれど、100円だっておカネを取るならそれなりの内容は必要だ。

「小説家になろう」を軽く見ているわけじゃない。
ただ、有料であることで読み手に犠牲を強いているのはまちがいない。 東京との最低時給がいまは958円だから、100円の小説を読むということは、6分15秒くらいの労働と交換することになる。

ねえ、あなた、これから6分間、封筒貼りの内職をしろって言われて、その代償が僕の小説なんだよ。
どうするよ?
僕としては最低限、あなたに殴られないだけの作品を提供するほかないわけで。

質の問題は、じつはもうひとつある。
「小説家になろう」のテンプレってどうなのかって話。
「小説家になろう」のなかで沢山の人に読んでもらい、さらには書籍化を狙おうとするなら、たしかにテンプレというのは重要だと思う。

テンプレは何も「小説家になろう」に限られる話ではないのだ。
たとえばアメリカの戦前のパルプ雑誌「ブラックマスク」なんかを見ればいい。
そこに載っているハードボイルド小説は、明らかに読者が求めている「テンプレ」に沿って書かれている。
いわゆるパルプ作家がオリジナリティなんか無視して、タフガイ探偵とギャングとブロンド美女の物語を量産していたわけだ。

売れる物を作るには買い手の需要に合わせなくちゃ――というだけのこと。
何のまちがいもない。非難されるいわれもない。

ただ、こちらはインディーズなのですよ。
地方の造り酒屋さんみたいなもんのわけですよ。

売れるに越したことはないけど、ドーンと売れることなんて期待していない。

自分の書きたいことを書きたいように書く。
あとは読む側に任せるのみ。
面白そうだと思うなら買ってくれるだろうし、読んで好みに合うなら次作も購入してくれるだろう。

それでいいんじゃないかと思う。

というわけで「小説家になろう」に3編投稿した『堕剣士キロク』というファンタジー物の中短編シリーズを電子書籍に上げることにした。

皆が面白いとは言わないだろうが、200人にひとりくらいは楽しんでくれるんじゃないか。楽しんでくれるといいなあ……である。

KDPをやってみよう(2)

治ったと思っていたのは間違いだったようだ。
今年は久しぶりにひどい花粉症である。

まだ「花粉症」という言葉がない頃から春先にはくしゃみと鼻水が止まらなくて、耳鼻咽喉科に行けば「急性蓄膿症」と言われ、中学の教師には授業中にくしゃみをしてブチ切れられ、入試に行っても周囲をはばかって鼻がかめず苦しい思いをした。

花粉症の人間が公民権を得たのはついこの間というか、昔はこんなに花粉症の人はいなかった。

だからさ、僕は花粉症なんて本当は存在しなくて、僕のはあくまでも季節性の蓄膿症で、世間の皆さんのは集団ヒステリーなんじゃないかと疑っている。

さて、花粉症に苦しんではいるものの、KDP熱のほうはべつに冷めてはいない。
うちの kindle が呼んでいるのである。はるかなる kindle の呼び声、なのだよ。

電子出版はなにもKDPに限ったもんじゃないわけだが、やっぱりね、kindle を持っているんだもの、あえて楽天を選ぶ理由はないでしょ。
周囲を見回しても、電子書籍リーダーを持っている人は皆んな kindle なんだよね。kobo は本屋さんの店頭でしか見たことがない。
というわけで、KDP一択なのだけれど、まずはネタがなくちゃ始まらない。

ネタ――何を出すのか。何を出すべきなのか。
自作の小説を、というところまでは決まっているのだけれど、さて何を出そうか。
これまで書いたもののなかからチョイスすべきか。それとも、これからKDP用に書き下ろすか。

でもね、ほら、これって「熱」だから。
花粉症もいずれ治まるように、KDP熱もグダグダしていたら冷めちゃうかもしれない。
これから書くなんてまだるっこしいことしていたら、飽きてそれっきりになる可能性大だし、KDPのために書く小説なんてそうそう面白くはならないだろう。

だから、これまで書いたもののなかから選ぶということになるが、どんな基準で選べば良いのかということが次の問題だ。