セルパブ小説を読んでみよう 15 幸田 玲『夏のかけら』

幸田 玲『夏のかけら』 これも「ジャケ買い」です。いや、kindle unlimited で読んだから、買ったとは言えないか。でも、とにかく表紙で選んだ。それは間違いありません。

セルパブ小説はとくに、表紙って大事だと思う。レビューと同じくらい大事だと個人的には考えております。セルフパブリッシングと商業出版との端的な違いは、作品を読者へ届けるために「他人」が金を出しているかどうかということです。言い換えれば、商業出版には「他人」の品質保証がついている、ということです。

そして、その「他人」にとっては作品を売ることがビジネスですから、そのために最大限の努力をしてくれます。広告を打ったり、書店へ営業をかけてくれたり。そして、読者の気を惹く表紙[パッケージ]を用意してくれるわけです。

表紙が売り上げに影響しないなら、彼らもそこにお金をかけたりはしないでしょう。セルパブ小説も人に読んでもらおうと思ったら、やっぱりそれは考えなければいけません。

だから、この小説のようなきれいな表紙というのは意味があるのだと思います。まずは読者の端末に落としてもらわなければ、読んでもらうこともできないわけですから。(しかし、ファンタジーじゃ写真というわけにはいかんよなあ……)

主人公達也は建物のリフォームを専門に手掛ける建築士。高校を出てから十二年と書かれていますから、三十歳前後です。バーの雇われマスターをしている高校以来の親友虎太郎から新規の客を紹介してもらいます。その客は若い女性で虎太郎の店の常連客です。

虎太郎には、単に仕事の客としてだけでなく、交際相手にどうかという思惑もありました。達也は二年前に、結婚を約束した恋人千尋を交通事故で失っています。それが原因でうつになり一時は仕事を辞めて家に引きこもってしまうほどでした。今は叔父の工務店に入り普通の生活を取り戻していますが、恋人を喪失した傷は深く精神的には完全に立ち直っているとは言えない状態です。そんな親友を心配した虎太郎の計らいです。

虎太郎のバーに現れた女性は、バリ風のカフェをオープンするため亡くなった祖母の家の改造を、達也に依頼したいと言います。しかし、達也を震えさせるほど驚かせたのは、その女性綾香が死んだ千尋と瓜二つだったことです。

自覚もないまま達也は綾香に惹かれていきます。しかし、心に傷を抱えているのは達也ひとりではありません。綾香も家族関係に悩みを抱えています。幼い頃に両親が離婚し母親に育てられた彼女は、とうとう父親に死ぬまで会えませんでした。親友の虎太郎も恋人に裏切られた過去のために女性不信に陥っています。登場人物たちは皆、心のどこかが欠けていてそれを埋められず苦しんでいるのです。

達也は千尋の面影を綾香に重ね、想いを募らせていきますが、はたしてそれは千尋への気持ちなのか、それとも綾香へなのかはっきりしません。そして、作者がこのことに肯定的でも否定的でもないところが面白いところです。彼らの恋はかつてあったものの造り直し、リフォームなのだと言いたいのかもしれません。

やがて、綾香もリフォームの仕事が進むにつれて達也に心を開いていきます。そして、綾香の店のリフォームは終わり、ふたりの間に決定的な変化は訪れないまま仕事上の関係は終了します。

しかし、綾香への感情を抑えきれなくなった達也は、バリ島へインテリアを買い付けに行った彼女を追って行くのでした。

恋が互いの欠落を埋め合うことだというと、思い出すのは「古事記」の「吾が身は、成り成りて成り合はざる処一処あり」とか、プラトンの「饗宴」のアンドロギュノスの話ですが、理想の補完者なんてのはそうそういないわけで、実際には皆んな適当なところで手を打っているわけです。

あくまで理想に忠実にあろうとすると、恋というのは辛いですね。というか、辛いからこそ恋か。と、オッサンが真理みたいなことを言ってみましたww

達也と綾香、二人の恋の行く末はあなた自身の目でお確かめください。https://www.amazon.co.jp/dp/B01KHP08Y0

僕の小説との共通点は、どちらにも「島」が出てくることだけでしょうか。島なら何でもいいという島好きの方は、ついでに僕のセルパブ本もお読みください。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 14 伊藤なむあひ『東京死体ランド』

セルパブ小説を読んでみよう 16 藤崎ほつま『エレファント トーク』

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください