セルパブ小説を読んでみよう 28 蒼機七『泣き虫魔女と盟約の黒き竜』

非常事態宣言は解除されましたが、コロナ以前の元の生活はまだ当分戻ってこないようです。僕らは悪い魔女に呪いをかけられた眠りの森の王国の住人みたいなもので、まだまだ悪い夢から抜け出せないわけです。

おとぎ話ならお姫様が王子様とキスしてくれればすべては元に戻るのですが、現実では王子様はまだ現れず、そもそもお姫様がどこにいるのかさえわかっていない。今回の作品、蒼機七『泣き虫魔女と盟約の黒き竜』の騎士ロワン君なら「呪われ姫」を見つけられず、冒険を始めることさえできないところです。いやはや。

魔女と騎士が囚われの竜を救いに行くお話、と書いてしまえばとても単純になってしまうのですが、登場人物一人ひとりの心情や、背景となる世界の設定に細かくこだわっていて、読みどころはむしろそちらにあると言えるかもしれません。

ガリアン帝国の皇女として生まれたヴィシャスでしたが、生まれながらに帝国に災いをもたらす【燼滅の魔女】と予言され、母親とふたり宮廷を追われて暮らしていました。やがて母親が亡くなり、ひとりになった彼女を待ち構えていたのは幼い女の子には苛酷すぎる運命でした。

チャイルド・マレスターの魔手をどうにか逃れたと思いきや、森に逃げ込んだヴィシャスは魔物ヘルハウンドに襲われ瀕死の重傷を負ってしまいます。生まれついての不運さに一度は死を望んだ彼女でしたが、死んだ母親の望みは自分が生きていくことだと気づき、たまたま巡り会った不死の黒竜ギルフォードと契約を結びます。

〈魔物憑き〉となった少女は不死の力を得ますが、代償として〈痛み〉を差し出さなければなりませんでした。〈痛み〉を失った人間は徐々に感情を失っていき、十年で廃人となってしまうのです。そしてまた、黒竜はもうひとつ彼女に約束させます。その十年間にヴィシャスは黒竜のためにあることをしなければなりません。

その後、ヴィシャスは黒竜とともに帝国を経巡り、傭兵として魔物討伐にいそしんでいました。それはすべて父親である皇帝に会いたい一心でしていたことですが、十六歳になったときその願いを逆手にとられ奸計にはまってしまいます。黒竜は何とか彼女を逃げさせますが、自分は帝国に捕らわれてしまいます。

またひとりに戻ったヴィシャスは辺境に逃げてひっそりと暮らしていました。黒竜との約束を果たせぬまま期限の十年まであと半年と迫ったある日、シャンドリア王国騎士のロワンが訪ねてきて、黒竜の救出を申し出ます。

ヴィシャスは黒竜を救うため、そして十年前の約束を守るために騎士と再び帝国へ向かうことになります。

物語は王国騎士、魔女、王国騎士の妹、黒竜、魔物の視点からおおむね一人称で語られます。何でこんな面倒な形式にしているのだろう、と最初は訝しく思いましたが、この形をとったのにも意味があって、それがわかるとなるほどと感心させられました。

あとがきによれば、作者は続編を書く気がないようですが、物語の世界はかなり細かく設定されていて、魔法のシステムや魔物と人間の関わり方などこのまま放り出してしまうのはもったいない気がします。この物語の主人公たちの冒険は終わったとしても、また別の主人公の物語が何本か書けるのではないでしょうか。ぜひ読みたいと思います。https://www.amazon.co.jp/dp/B07KYLD679

自作の宣伝です。今回は共通項が多いです。竜でしょ、魔術師でしょ、騎士でしょ、お姫様でしょ。でも、うちのキャラクターは皆んな、ちょっと嫌な奴だな。嫌な奴でもよければ、ついでにお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

セルパブ小説を読んでみよう 27 小川修身『101点の犯罪:名探偵 風泉俊馬シリーズ』

セルパブ小説を読んでみよう 29 藤あさや『宝石の翼 セリエルの空』

セルパブ小説を読んでみよう 27 小川修身『101点の犯罪:名探偵 風泉俊馬シリーズ』

先日、ZOOM飲み会なるものを初めてやってみました。帰りの心配しなくていいのは楽ですが、その分酒量が増えてしまうのが難ですね。

で、画面に映った友人たちを見ながら思ったのが、これってアリバイものに使えそうだよなってこと。きっともう書いている人もいるにちがいありません。

何で「アリバイがー」なんて考えたのかというと、昼間にこの小川修身『101点の犯罪:名探偵 風泉俊馬シリーズ』を読んでいたから。

霧島温泉で起きた転落死。警察は殺人の疑いを持ちながらも決定的な証拠がなく事故と判断します。死亡したのは大阪のコンピュータ会社「WEC」に勤務していたSE。その母親は警察の判断に納得せず、京都の探偵事務所に捜査を依頼してきます。

この事件を担当することになったのが、よれよれのコート、ぼさぼさの髪、失笑を誘う冴えない風采の風泉俊馬です。彼は被害者が大手のコンピュータ会社に引き抜かれようとしていたことを知り、「WEC」の社長山根に容疑を抱きます。しかし、山根には鉄壁のアリバイがありました。

よれよれぼさぼさというと、コロンボ警部を思い出します。この小説の風泉探偵もコロンボ型の名探偵です。もっとも、コロンボには犯人を油断させるためわざとピエロを演じているふうがありますが、この風泉探偵の場合は天性のよれよれぼさぼさ体質のようです。コロンボや古畑任三郎のように、犯人の身辺を嗅ぎまわり、犯人が披瀝する推理の齟齬をいちいち上げ連ね、犯人に疎まれながら追い詰めていく、というパターンは踏襲しているものの、しばしば捜査に行き詰まったり、推理の隘路にはまったりと、天才型ではない探偵の弱みも見せてくれます。そこがこの探偵の魅力ではないでしょうか。

また、コロンボや古畑は最初に犯行過程が明らかにされている倒叙ものでしたが、この作品はそこはちがっています。普通のミステリ同様、犯行過程は明示されません。犯人はわかっている。ただアリバイがある。アリバイ崩しをコロンボの手法でやっているのです。

読者は探偵と一緒に謎に挑むことになりますが、犯人側と探偵側の二視点で描かれていくので、話が単調にならず飽きることがありません。

101点の犯罪とは完璧すぎた犯罪。犯人が打った蛇足の一手から、風泉探偵が完全犯罪をどうやって崩すのか。お読みください。https://www.amazon.co.jp/dp/B082SBN141

自作の宣伝です。捕虜収容所が舞台のミステリです。ついでにお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 26 月ノ羽衣『IN BLOSSOM』

セルパブ小説を読んでみよう 28 蒼機七『泣き虫魔女と盟約の黒き竜』

セルパブ小説を読んでみよう 26 月ノ羽衣『IN BLOSSOM』

濃厚接触回避はおろか、STAY HOME SAVE LIFE が求められる今日この頃、世間の恋する高校生たちはどうしているのでしょうか。

春休み直前から学校は休みになってますから、もう夏休みよりも長く学校を離れているわけです。片想いの子は日々悶々としているのではないでしょうか。

つきあいだしたばかりの子たちは毎日LINEとかZOOMでぺちゃくちゃやってんだろうけど、会いたい気持ちってのはどうなってんですかね? なんだかんだ言ってデートとかしてるのか。

ザマア見ろ、リア充め、とかぶつぶつ言っている子もいるだろうな。

何でこんなことを考えているのかというと、今回読んだのが恋する女子高生のお話だからなんですね。月ノ羽衣『IN BLOSSOM』。

主人公は二次元の推しに入れ揚げている女子高生です。学校には仲の良い三人の友だちがいて、彼女たちはスクールカーストの中ぐらい辺りに位置している感じです。友だちのひとりは「リア充」でつきあっている彼氏がいます。この「つきあっている」は性的な関係を持っているということと同じ意味です。残りの「処女」組は主人公のような二次元推しではないものの、いまだリアルな恋愛関係とは無関係です。

主人公はそんな仲間と同じ奥手なフリをしていますが、実際には中学生の頃に男の子とつきあったことがあり、そのときにセックスも経験しています。しかし、その経験は彼女にとって苦痛でしかなく、性的な接触や行為に嫌悪感を覚える自分に気づかされます。その結果、恋愛と性の間に乖離がある彼女は、どこにでもいるやりたいだけの中学男子から病気だと言われてふられたのでした。

そんな彼女が二次元へ走ったのは、ある意味必然でした。触れ合うことのない相手「『クリスタルメイズ』のしづ様」は彼女にとって理想的な恋人だったのです。二次元と三次元という絶対的な断絶があるからこそ、愛に応えてもらう期待などする必要もなく、一方的に愛するだけの安心がそこにはありました。

しかし、三年になって新しいクラスになった彼女の前に突然、早瀬さんという同級生の少女が現れます。しづ様を女にしたようだと思った主人公は、その日から彼女のことが気にかかるようになってしまいます。早瀬さんは主人公よりも上位のカーストに属していて、「いつも柔らかく咲って」います。主人公は同じ教室にいる早瀬さんを意識せずにはいられなくなって、やがてその感情が恋だと気づきます。

女の子相手の恋、しかし、女の子が相手でもやはり性的なことは気持ちが悪いと思うのです。つまり、主人公は男女のどちらとも恋をするけれども、どちらの性が相手でも性的な接触は嫌悪する人なのです。主人公は自分自身の取り扱いに困惑します。性的なことを嫌悪する自分は特殊なのではないかと悩むのです。しかし、ネットで性的な接触を嫌悪する人が他にもいることを知ります。その人たちは自分たちを「ノンセクシャル」と呼んでいました。主人公は自分も「ノンセク」なのだと理解します。

でも、自分を理解できたからといって、早瀬さんの問題が解決するわけではありません。むしろ、問題は難しくなったと言えるのです。まず、同性であるという点、次に性的な関係はNGである点、そして、恋愛関係は友達関係ではないという点(主人公は親友たちと同じようなかたちで早瀬さんと仲良くしたいのではありません)、これらの点をクリアしない限り、彼女の恋は成就しないのです。

二次元の恋がセーフティーネットとして役に立っていたのは、それが求めない恋だったからだということを、主人公は身に沁みます。初めから応えがないとわかっているから自由に好きになれたのです。しかし、三次元の、同じクラスにいる、生身の早瀬さんが相手ではそうはいきません。可能性がゼロでない限り、恋は応えを求めるのです。主人公の恋が実るには相手も自分と同質の人間である必要があります。しかも、それはスタート地点でしかありません。さらにその上に「好かれる」といういちばん大切な問題があるのです。主人公は自分が絶望的な努力を強いられていることに打ちのめされそうになります。それでも、彼女の心は早瀬さんを求めてしまうのです。

これは自分を知ったひとりの少女が、彼女にしかできない恋を通して、この世界とどう向き合っていくかスタイルを見出す物語。LGBTであるとかノンセクであるとかいう場合に限らず、人は自分が誰かを知ったときに世界に対してどう立つのか、これは文学の万古不易のテーマでしょう。皆さま等しく、読むよろし。https://www.amazon.co.jp/dp/B086SH9RLQ

自作の宣伝です。セクマイの人もちょろっと出てきます。ついでにお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

セルパブ小説を読んでみよう 25 森 鶉『月の犬』

セルパブ小説を読んでみよう 27 小川修身『101点の犯罪:名探偵 風泉俊馬シリーズ』

セルパブ小説を読んでみよう 25 森 鶉『月の犬』

家にいるとゲームばかりしてしまいますね。これまでの人生で読書量がいちばん多かったのは、通勤時間が長かった時期でした。なんだかんだ言って、テレワークになると電子書籍はよけいに読まれにくいかも。悲しいなあ。

今回もジャケ買いです。大人っぽい表紙でしょ?

1969年の夏、日本のとある村で殺人死体が発見されます。このことに端を発した波紋が村人たちに広がってゆき、そして消えてゆくさまが、静謐にまたじっとりと湿度高く、ラテンアメリカの小説のようなマジックリアリズムで描かれていきます。

八歳になるサカエは神主をしている祖父母に育てられています。夏休みなのでずっと家にいますが、いかにも田舎な時間感覚で生きている祖父母との生活は、あたかもこの夏休みが昔からずっと続いているかのようです。

サカエの母親はカニクイザルの研究でボルネオへ行ったきり。定期的にお金を送ってきます。父親も働かなきゃと村を出て行って戻ってきません。

彼らが出て行った村の外では、非日常的かつ一回性の出来事が連続し、たとえば、人類が初めて月に降り立ったり、安田講堂に立てこもった学生に機動隊が放水したりと何かと慌ただしい感じです。一年後の大阪万博に向けての準備も急ピッチで進められています。

しかし、村の中では円環的に日常が繰り返され、そこに暮らす人々はまるでゲームのNPCのように同一の行動を反復しているのです。来る日も来る日も、「ホルモンやえちゃん」の八重は昼間は路地で玉ねぎの皮を剥き、鉄工所で働く山本は昼休みになると炎天下に出てきてぼおっとし、小津バアは卵を新聞紙でくるくると器用に巻くのです。

ここに多少ハレなことがあるとしても酒屋の娘万里江と毛糸工場の後継ぎ息子の縁談くらいのもので、それもどこかですでにあったような話でしかないのです。

彼らは日常を反復することにあまりにも無自覚に執着しているので、そこから逸脱した感情や意識が存在することにさえ驚きます。鉄工所の息子などは、酒屋の娘の縁談が決まってようやく自分が彼女に恋していることに気づくのです。

この直線的時間からは取り残された共同体で、サカエは八重から、塀の上を犬が歩く、と聞かされます。そして、濃すぎる茶粥で眠れない夜、屋根の上を歩く犬と会話します。犬は月から来たと告げ、明日は歩いて月へ帰ると言います。そして、夜が明けると祖父の神社では全裸の女性死体が発見されて大騒ぎになっています。

死体の女性は村の人間ではなく、殺されて運ばれてきたらしいとわかります。この絶対的他者の登場は共同体の内部に刑事という外部を引き入れ、内と外の交通を可能にしてしまいます。村人たちは不可逆的な変化の兆候を感じつつ、それぞれに自身の立ち位置を確かめていくことになります。

死体から生じた波が治まったとき、村は再び反復する日常を取り戻しますが、あたかも変化など存在しなかったかのごとくに振る舞うのです。

村の外、世界のいちばん遠い場所に月があります。そして、村の中、共同体のいちばん深い場所に夢があります。夢は村人たちの意識に通底し、死者たちとも繋がっていくのです。https://www.amazon.co.jp/dp/B07GKC7XJ9

自作の宣伝です。夢の魔法が出てきます。ついでにお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

セルパブ小説を読んでみよう 24 如月恭介『明日に乾杯! 路傍に咲く一輪の野花』

セルパブ小説を読んでみよう 26 月ノ羽衣『IN BLOSSOM』