セルパブ小説を読んでみよう 33 大西宏幸『神々の関ヶ原』

表紙にも大きく書いてあるとおり現職国会議員の書いた歴史SFです。国会議員が小説を書くのは前代未聞かどうかはわかりません。すくなくとも現役小説家が国会議員になった例は古くは犬養健、今東光、近くは石原慎太郎、野坂昭如と結構あります。

小説家ではなかった国会議員が小説を書いた例も、この作者が初めてではないような気がします。とくに自分の理想とする社会を描いたユートピアSF小説なんてありそうです。

議員が自分の主張を書籍化して後援者に配るのはむしろよくあることで、かつては『日本列島改造論』なんてベストセラーもありました。しかし、広く配布するという目的を考えたとき電子書籍というのは不適です。たしかに価格を0円にしてkindleのURLを配布するという手もありますが、配られる方としては電子書籍をダウンロードするのは紙の本を貰うよりひと手間余計な気がします。

なるほど物としての本にはこういう有用性もあったのだなあと感心しつつ、なぜこの作者は電子書籍だけで上梓したのだろう、と疑問を抱きもしました。自民党の衆議院議員に自費出版するお金がないわけもないしね。しかも、この本、無料ではありません。私はアンリミテッドの読み放題で読みましたけど、kindle Unlimitedに契約していない人は250円払わなければ読めないのです。うむむむ、わけがわからん、ということで実際に読んでみたわけです。

最初に収録されている作品『神々の関ヶ原(戦国編)』は、不動明王を身に宿した石田三成の家臣である島左近が主人公です。彼には矜羯羅童子か制タ迦童子が憑りついています。関ヶ原ですから敵は徳川家康ですが、家康はヨーロッパからポルトガル商人を通じて黒魔術の秘薬を手に入れています。不死身の軍隊を作る薬と言われたそれはじつは人を吸血鬼にする薬でした。こうして関ヶ原の戦いは仏の眷属対吸血鬼の戦争となるのですが、物語は短編なので戦が始まるところで終わりです。

これは作者はどうするつもりでいるのでしょう? 西軍が正義で、史実では勝利した東軍は悪です。正義が虚しく滅びてしまうのか、それとも歴史は逆転して豊臣の天下となるのか。

ええっ、どうなるの?と次の収録作『神々の関ヶ原(魔界転生編)』へと読み進みますが、この作品では、黒魔術の力で冥界からよみがえった武蔵坊弁慶と金剛夜叉明王を身に宿した前田慶次郎が戦います。で、戦の決着がつくかというと、ここでもつきません。三本目の『惟神の異界』は関ヶ原の話ではありませんので、とりあえず関ヶ原の戦いは終わっておりません。

で、結果、電子書籍にしたのが納得できました。最後のほうには作者の政治信条とかも書かれてはいるのですが、その前に載っている三本の小説にはそんな思想は微塵も読み取れません。たんに、自分が好きな設定で好きな話を書いちゃいました、という潔いまでの電子書籍的小説です。

たしかにこれを紙の本にして後援会に配るわけにはいきますまい。きっと腹を立てる人が出てくる。もっとも、私は議員であることと小説を書くことを両立できなくてもべつに悪いことじゃないと思うんです。どっちも人に貼りつけたラベルにすぎないです。ただ「国会議員」というラベルは他人に剥がされてしまうかもしれませんが、「作家」のラベルは自分で剥がさない限り剥がれないですからね。https://www.amazon.co.jp/dp/B01M5L0Q7J

自作の宣伝です。これらも「好き放題書いちゃいました」の電子書籍です。ついでにお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

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