セルパブ小説を読んでみよう 19 乙野二郎『ウィンター・ホワイト~広島護国神社前殺人事件~』

乙野二郎『ウィンター・ホワイト~広島護国神社前殺人事件~』現役の弁護士でもある作者が書いたリーガル・サスペンスです。

法廷ミステリというと頭に浮かぶのはぺリイ・メイスンなんですが、実のところ僕はあんなにあるシリーズのうち数冊しか読んでおりません。ガードナーが古すぎるとすればグリシャムですか。こっちも読んだのは『法律事務所』だけ。グリシャム以降の法廷ミステリとなるともうピンと来ません。日本だと「赤かぶ検事シリーズ」の和久俊三でしょうか。不勉強で申し訳ない。乱歩賞受賞作しか読んでいません。和久俊三も弁護士でしたから、やはり法曹関係者以外には手を出しにくいジャンルなのでしょう。となると『検察側の証人』をものした「素人」クリスティはすごいなと思います。そういえば処女作『スタイルズ荘の怪事件』も(以下ネタバレにつき自粛)。

というわけで、素人としては法廷ミステリというとどうしても、検事と弁護士の丁々発止のやりとりを予想してしまうのですが、本作の裁判は極めてリアルに淡々と進められていきます。

主人公「私」は弁護士で、殺人事件の被疑者である妻の弁護をしています。すでに一審は妻の有罪で決していて、今は控訴係争中です。妻は結婚して一週間もしないうちに逮捕されてしまいました。新婚ホヤホヤどころではありません。ほぼ結婚していないに等しいです。

殺人のあった現場は「開かれた密室」状態になっていて、第一発見者であった妻が犯人とされたのです。この密室トリックを解いていく本格系のミステリかな、圧倒的に不利な状況を主人公はどう逆転させるのかな、と読んでいきますが、主人公はどんどんどんどん追い込まれていきます。

まさかこれはアイリッシュの『夜は千の目を持つ』みたいな話じゃあるまいな、と不安になりかけたところで、主人公は思い切った行動に出ます。これはこれでホントびっくりな展開です。そして、ラストにはもうひとつビターなどんでん返しが待っています。

あとがきに書かれていましたが、とてもハードボイルドな作品となっております。ノワールじゃなくて、チャンドラー直系のハードボイルド好みの大人の方にはぜひ読んでいただきたいですね。https://www.amazon.co.jp/dp/B06XQJZ8KW

ハードボイルドといえば、僕もこれはハードボイルドのつもりで書きました。ついでにお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

セルパブ小説を読んでみよう 18 牛野小雪『聖者の行進』

セルパブ小説を読んでみよう 20 タダノ ケイ『ゲームトピア』

セルパブ小説を読んでみよう 18 牛野小雪『聖者の行進』

作家に複数の作品がある場合、以前は処女作から読み始めていたのですが、最近は長い物から読むようになりました。齢を取ったせいだとおもいます。全作品読破してやろうという気力がもうないんですね。美味しいとこだけいただきたい、みたいな感じになっているのです。というわけで、牛野小雪さんの作品からはこれを選んで読んでみました。『聖者の行進』上・下巻。

始まりはノワール小説のようです。「まさやん」なる男が殺人を重ねていく話が続きます。金銭を得たり面倒を回避したりする一番簡単な方法として、安易に「まさやん」は人を殺していきます。その単純さには一種爽快感さえ覚えます。

この殺人鬼を追う刑事が登場してきますが、こちらの男も組織からのはみ出し者。中庸から大きく外れたふたりの対決をメインにして話は進むのだろうと読んでいると、意外に早く刑事は「まさやん」にたどり着き、物語は読者の予想を裏切って全然違う、バラード&マッドマックス風な世界破滅小説へと展開していきます。しかし、物語にはマックスも北斗神拳伝承者的なキャラクターも登場せず、日常的な一視点から始まった物語が、最後には宇宙的な視点に至って幕を下ろします。モヤモヤした、独特な読後感を残す小説です。

もっとも、端から奇妙な風味の小説ではあるのです。特定のpovが設定されておらず、古くは横光利一の『機械』の第四の視点のような感じで、登場人物全員の心理がベタに描写されていきます。しかし、この四人称描写は、下巻になると、作品世界で混乱が広がっていくのとは逆に、ごく普通の多視点描写に収束します。

また、作中いくつものフックがあって、たとえば「タナカ」という名が連鎖すること、「桃缶」と「乾パンにアンコの缶詰」がやたらと繰り返し食されることなど、そこにどんな意味があるのか非常に気にかかるところです。

そして他のどんな謎よりも、「まさやん」は一体何者なのか、読み進めれば進めるほど、この人物に担わされた意味を考えざるをえなくなるでしょう。

Amazonのレビューを見る限り賛否の分かれる作品です。たしかに暴力描写が苦手な人にはお勧めできないかもしれません。ただ、こういう実験的な小説はセルパブでしか読めないのも事実。

読後、あなたが面白かったと思うか腹を立てているかはわかりませんが、Kindle Unlimitedならそれを確かめてみても損はないんじゃないでしょうか。https://www.amazon.co.jp/dp/B0771FBB5Q

自作の宣伝です。町が破滅しそうで破滅しない小説あります。ぜひ僕のセルパブ本もお読みください。全部 Kindle Unlimited で読めます。

 

セルパブ小説を読んでみよう 17 王木亡一朗『Our Numbered Days』

セルパブ小説を読んでみよう 19 乙野二郎『ウィンター・ホワイト~広島護国神社前殺人事件~』

セルパブ小説を読んでみよう 17 王木亡一朗『Our Numbered Days』

王木亡一朗『Our Numbered Days』。

題名は「我等に残された日々」といった意味なのでしょうか。numberedの意味がわからなくて読んでみることにしました。Google翻訳先生によると「私たちの日数」という、しまらない訳になっちゃうし、実際に読んでみるのが一番早いな、というわけです。

主人公はそこそこ良いとこまで行ったインディーズバンドのフロントマンだった「僕」です。しかし、今はバンドは解散し、彼はサラリーマンに転職して妻の実家でマスオさん生活です。

渡良木益一郎という名は作者の名前とかぶります。私小説ではないにしても、ある程度作者自身が投影されたキャラクターなのかもしれません。

なぜミュージシャンの夢をあきらめたのかはストーリーが進むにつれておいおい明らかになっていきます。実のところ未練は残っています。才能がなかったとは言うものの、実はそんなことは言い訳にすぎないと自分でもわかっています。しかし、夢をあきらめたかわりに彼は新しい「家族」たちを手に入れました。妻の「久遠さん」、その両親、妻の妹たち、OLの「琴羽ちゃん」と高校生の「莉乃ちゃん」、そして二世帯住宅の一階で独り暮らす祖母の「千和さん」という多田羅家です。

闖入者である「僕」はいつも彼女たちに「家族」であることを試されます。年少の家族を守れるか。誘惑を退けて家族を守れるか。家族を守る父親になれるか。自分の人生をあきらめて家族のために生きられるか。そして、正しい夫になれるのか。

しかし、見方を変えれば、それは主人公が彼女たちを自分の「家族」として受け入れていく過程でもあります。そして、家族を守ることを絶対的に是とするならば、人が自身の家族を守るためにとる行動を責めることもできなくなります。たとえ「僕」自身が被害者になるにしてもです。

「家族」は将棋やチェスといったゲームのようです。勝ち負けはあるにしてもプレイするお互いがルールを守る限り将棋は将棋であり続けます。でも、どちらかがルールを破れば、それは将棋でも「家族」でもなくなります。主人公と実父や、「千和さん」と他の家族の関係がそういうものとして描かれています。

ただ、作者は、どこまでルールが破られたとしても「家族」には絶対に絶ち切れない絆があると信じています。この小説もまた絶望から再生へ至る物語ですが、度重なる偶然に苛まれた不運な「僕」を救うのは、この「家族」の力です。そして、この力は人が生きて誰かを愛し続ける限り決してなくならないのです。

さて、numberedとはどういう意味だったか、それはあなたが実際に読んでみるのがいちばん早いと思います。https://www.amazon.co.jp/dp/B01GMXKFZ8

僕の小説にも表紙が「建物」というのがあります。中身は全然違いますけれども、建物の表紙にそそられるという方はぜひ僕のセルパブ本もお読みください。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 16 藤崎ほつま『エレファント トーク』

セルパブ小説を読んでみよう 18 牛野小雪『聖者の行進』

セルパブ小説を読んでみよう 16 藤崎ほつま『エレファント トーク』

可愛い女の子の表紙。これが妹ですか。可愛いじゃないですか。今回も「ジャケ買い」の1冊。

藤崎ほつま『エレファント トーク』。

あとがきには全然売れないから表紙を変えてみたということが書かれていましたが、さて結果はどうだったのでしょうか。

気がついたらスマホになっていた主人公。いろいろ忘れてしまっていて、自分が死んだことも、自分の持ち主の女子高生が妹だってことも忘れています。

妹には他人と上手くかかわれないという悩みがあります。本人は平気なふりをしていますが、孤立が彼女を苦しめていることを兄である主人公は察しています。その妹が唯一の友だちのために売春までしようとしているのを知り、主人公はスマホに転生したことは隠し「背後霊」のようなものとして妹を助けてやろうとします。そこへ生前の親友やら、生前の恋人やら、生前のヘルメットやら、謎の女やらがからんできて事件が起こり――とそういう話です。

天王寺動物園のゾウの檻の前というロケーションがとても印象的に使われています。

ここ20年くらい女子高生の天下が続いていますが、その前は女子大生の短期政権がありました。一時コギャルなんて女子中学生の新興勢力の勃興も見られましたが、権力を奪取するまでには至らずいまだ高校生の時代が続いているわけです。ただ政権与党内部にも様々な派閥があり、部活のマネージャーや同級生や後輩や生徒会やスケバン等の属性が覇権争いを繰り返してきたのが実際です。ここ数年は妹が主流派となっており、現時点ではまだその勢いに陰りは見えません。しかし、もはや死に体と思える旧勢力女子大生の学生ラインや、婦警、看護師、自衛官、CAなどの制服組、家族ラインの延長状にある母親など少子高齢化に呼応するかのごとく力を蓄えてきた熟女勢力も無視することはできません。また、百合、BL、NTRの外部勢力の侵攻もありえるでしょう。

つまり何が言いたいかというと、女子高生の妹とスマホの組み合わせのこの作品はきわめて平成末~令和初頭的であるということです。たとえば10年後の2030年になったとき、ウリや合法ドラッグ、LINEなどの言葉に僕らは時代性を見ることになるでしょう。

それは川端の『浅草紅団』や田中康夫の『なんとなく、クリスタル』と同様に時代の風俗と分かちがたく結びついた小説だからです。作者は「出オチ」と謙遜していますが、スマホ(あるいはガラケー)をモチーフとして使うとなれば、その他の10年代後半のガジェットも作中に侵入してくるのは不可避です。

しかし、こうした表層の意匠と対置するように、妹は「ゾウは足の裏で交信する」ことを語ります。人は必ずしも言葉になったメッセージだけでつながっているわけではないのです。https://www.amazon.co.jp/dp/B073Y681SN

僕の小説では妖術師が剣に生まれ変わってます。主人公じゃないです。異物転生マニアの方は、ついでに僕のセルパブ本もお読みください。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 15 幸田 玲『夏のかけら』

セルパブ小説を読んでみよう 17 王木亡一朗『Our Numbered Days』

セルパブ小説を読んでみよう 15 幸田 玲『夏のかけら』

幸田 玲『夏のかけら』 これも「ジャケ買い」です。いや、kindle unlimited で読んだから、買ったとは言えないか。でも、とにかく表紙で選んだ。それは間違いありません。

セルパブ小説はとくに、表紙って大事だと思う。レビューと同じくらい大事だと個人的には考えております。セルフパブリッシングと商業出版との端的な違いは、作品を読者へ届けるために「他人」が金を出しているかどうかということです。言い換えれば、商業出版には「他人」の品質保証がついている、ということです。

そして、その「他人」にとっては作品を売ることがビジネスですから、そのために最大限の努力をしてくれます。広告を打ったり、書店へ営業をかけてくれたり。そして、読者の気を惹く表紙[パッケージ]を用意してくれるわけです。

表紙が売り上げに影響しないなら、彼らもそこにお金をかけたりはしないでしょう。セルパブ小説も人に読んでもらおうと思ったら、やっぱりそれは考えなければいけません。

だから、この小説のようなきれいな表紙というのは意味があるのだと思います。まずは読者の端末に落としてもらわなければ、読んでもらうこともできないわけですから。(しかし、ファンタジーじゃ写真というわけにはいかんよなあ……)

主人公達也は建物のリフォームを専門に手掛ける建築士。高校を出てから十二年と書かれていますから、三十歳前後です。バーの雇われマスターをしている高校以来の親友虎太郎から新規の客を紹介してもらいます。その客は若い女性で虎太郎の店の常連客です。

虎太郎には、単に仕事の客としてだけでなく、交際相手にどうかという思惑もありました。達也は二年前に、結婚を約束した恋人千尋を交通事故で失っています。それが原因でうつになり一時は仕事を辞めて家に引きこもってしまうほどでした。今は叔父の工務店に入り普通の生活を取り戻していますが、恋人を喪失した傷は深く精神的には完全に立ち直っているとは言えない状態です。そんな親友を心配した虎太郎の計らいです。

虎太郎のバーに現れた女性は、バリ風のカフェをオープンするため亡くなった祖母の家の改造を、達也に依頼したいと言います。しかし、達也を震えさせるほど驚かせたのは、その女性綾香が死んだ千尋と瓜二つだったことです。

自覚もないまま達也は綾香に惹かれていきます。しかし、心に傷を抱えているのは達也ひとりではありません。綾香も家族関係に悩みを抱えています。幼い頃に両親が離婚し母親に育てられた彼女は、とうとう父親に死ぬまで会えませんでした。親友の虎太郎も恋人に裏切られた過去のために女性不信に陥っています。登場人物たちは皆、心のどこかが欠けていてそれを埋められず苦しんでいるのです。

達也は千尋の面影を綾香に重ね、想いを募らせていきますが、はたしてそれは千尋への気持ちなのか、それとも綾香へなのかはっきりしません。そして、作者がこのことに肯定的でも否定的でもないところが面白いところです。彼らの恋はかつてあったものの造り直し、リフォームなのだと言いたいのかもしれません。

やがて、綾香もリフォームの仕事が進むにつれて達也に心を開いていきます。そして、綾香の店のリフォームは終わり、ふたりの間に決定的な変化は訪れないまま仕事上の関係は終了します。

しかし、綾香への感情を抑えきれなくなった達也は、バリ島へインテリアを買い付けに行った彼女を追って行くのでした。

恋が互いの欠落を埋め合うことだというと、思い出すのは「古事記」の「吾が身は、成り成りて成り合はざる処一処あり」とか、プラトンの「饗宴」のアンドロギュノスの話ですが、理想の補完者なんてのはそうそういないわけで、実際には皆んな適当なところで手を打っているわけです。

あくまで理想に忠実にあろうとすると、恋というのは辛いですね。というか、辛いからこそ恋か。と、オッサンが真理みたいなことを言ってみましたww

達也と綾香、二人の恋の行く末はあなた自身の目でお確かめください。https://www.amazon.co.jp/dp/B01KHP08Y0

僕の小説との共通点は、どちらにも「島」が出てくることだけでしょうか。島なら何でもいいという島好きの方は、ついでに僕のセルパブ本もお読みください。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 14 伊藤なむあひ『東京死体ランド』

セルパブ小説を読んでみよう 16 藤崎ほつま『エレファント トーク』

セルパブ小説を読んでみよう 14 伊藤なむあひ『東京死体ランド』

今回は『このセルフパブリッシングがすごい!2019年版』ランキング1位の伊藤なむあひ『東京死体ランド』です。

とはいうものの、こんなランキングがあったんですね、へえ。どうしたらノミネートされるのでしょうか。ちょっと気になります。まずAmazonの売上ランキングでしょうか。

しかし、どうしたら売上を増やせるんでしょう? セルパブ作家は皆んな、知りたいことだろうと思います。

このあいだ読んだブログには「小説は売れないからダメだ。実用書を書け」みたいなことが書いてありました。いや、kindle本を売りたくて小説を書いているわけじゃないのよ、書いた小説が売れたらいいなと思ってkindleで出したの。根本のところを否定されてしまってはどうにもなりません。

で、『東京死体ランド』に戻りますと「ドナルド・バーセルミ」テイストのロードノベルです。長さからするとロード・ノヴェラって言った方がいいでしょうか。

どこがバーセルミ風だといって、何の説明もなくヘンテコな世界です。主人公「僕」は廃墟で「スピーカー」という男と暮らしています。「スピーカー」は音楽を聴いていないと死んでしまう男で、主人公はとくに理由もなく話すことができません。自分が思うことを他人に伝えられない制約を課されているわけです。また、主人公には「僕」にしか見えない妻子もいるのですが、彼自身は一度も妻子を持った覚えがなく、彼女たちは何度殺してもそれまでと同じようにそこにいる存在です。

世界はすでに滅んでしまったようですが、テレビもコンピュータネットワークもごく当たり前に機能しています。主人公たちもそれを不思議には思っていません。テレビからは「東京死体ランド」のCMがしきりに流れてきます。「東京死体ランド」はその名の示す通り死体のテーマパークです。

「スピーカー」はCMにイラついてランドを壊しに行くと言い出し、主人公は妻子をランドへ連れて行ってやろうと思ってついていくことにします。妻子を車のトランクに入れ、窒息するんじゃないかと心配しながら出発すると、外は死体だらけです。

どうやら生きている人間はむしろ珍しいようです。実際、話の中で生きているのは主人公たちふたりとリスが一匹だけ。死体は生きている彼らを仲間にしようと襲ってきます。

死体には死んでいる死体とそうでない死体がいて、死んでいない死体はときどき死んだふりをするので厄介です。死体のなかには自分が死体だと気付かず、他の死体を自分とは無関係だと思い込んで、自分が生者であるかのように振舞っている死体もあるようです。

主人公たちは襲い来る死体から逃れて、途中でブラックなバイトから逃げ出してきた死体も仲間にして、一路東京死体ランドを目指します。はたして目的の地では何が彼らをまっているのでしょうか。

もっと長くても面白く読める小説です。「無敵の人」の物語なのかな、と思いました。個人的には「スピーカー」というキャラクターが気に入っています。田島昭宇が漫画にしたら良さそうです。ぜひご一読を。https://www.amazon.co.jp/dp/B07H34PW74

僕の小説にも死体がぞろぞろと襲ってくるのがあります。僕のセルパブ本もお読みください。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 13 月乃宮千晶『ゼロの男』

セルパブ小説を読んでみよう 15 幸田 玲『夏のかけら』

セルパブ小説を読んでみよう 13 月乃宮千晶『ゼロの男』

今回はよくTwitterで見かけていた作家の本を読みました。月乃宮千晶『ゼロの男』です。

作者は作者セントラルの自己紹介を見ると歯科医で、コンサルタントもなさっていらっしゃいます。すでに何冊もKindle本を出していて、今回はその中で一番長いものを選ばせていただきました。

ひとことで言うなら「不思議な」小説です。先が読めないというならこれほど読めない本もないでしょう。次に何が起こるのかまったく予想できません。

主人公のムネアキは15歳のときに生まれて初めて手にしたバイト代六千五百円を友人宅で盗まれます。こう書くとまるで友人が盗ったみたいですがそうではありません。友人宅に友人とその妹と三人でいるところへ泥棒が入るのです。泥棒は彼らの隣の部屋に潜んでいてそこに置いてあった主人公のカバンからバイト代だけを盗んで逃げます。この体験が主人公の克明な心理描写を中心に描かれています。友人の親が怖がらせたお駄賃だと一万円くれるので、主人公は被害どころか得をしたのですが、この経験は彼に強い印象を残してしまいます。

その後、彼は苦労して医師免許を取得し、勤務医になります。病院で知り合った女性と結婚しますが、30歳では自宅が空き巣に入られて三十二万円を失います。彼は15歳のときのことを思い出し、自分は15年ごとに金銭を失う運命ではないかと考えるようになります。しかも六千五百円は15年で約50倍の三十二万円になったので、45歳では更に50倍の千六百二十五万円も失うことになると怯えるのです。

読者からすれば、これは強迫観念以外の何物でもないだろうと思いますが、作者はこの段階では妄想かどうかを明らかにしない書き方をしているので、悪夢を見ているような、とても奇妙な感じになっています。実際45歳では何が起きるのか、それは小説を読んでのお楽しみとしましょう。

この作品の独特な点は、全編にわたって主人公の心理描写が描かれているのですが、そこに濃淡がないことです。主人公は自分の身に起こることや周囲のことすべてに同じ鋭敏さで激しく反応します。彼にとってはあらゆることが等しく重要であり、気持ちに影響を与えるのです。

そしてこのルオーの絵のような濃密さは心理描写だけにとどまらず、固有名の氾濫となって現れます。まるでトマス・ピンチョンがよくやるように、伊勢丹やキムタク、ビッグボーイや大俵ハンバーグなど、当たり前の小説ならデパート、有名俳優、ファミレス、看板メニューなどと曖昧に表記するところを、固有名を使い、あらゆる物にピントを合わせたような、くっきりとした輪郭を与えているのです。こんな主人公の目を借りて世界を見ることになる読者は、そこがいかに奇妙で恐ろしい場所であるか、理由のない不安を覚えることになるでしょう。

kindle unlimitedを利用している方ならぜひダウンロードしてほしい1冊です。きっと記憶に深く刻まれること間違いなしです。https://www.amazon.co.jp/dp/B07SRV2JD2

ジャンルはまるでちがいますが、僕のセルパブ本もぜひお読みください。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 12 小倉銀時『アラジン』

セルパブ小説を読んでみよう 14 伊藤なむあひ『東京死体ランド』

セルパブ小説を読んでみよう 12 小倉銀時『アラジン』

今回も大人向けかなあ。小倉銀時『アラジン』です。何とも不思議な表紙です。タイトルが『アラジン』ですから、アラブの格好をした人がいるのはいいんですが、四人の男女と犬と猫がこちらに背を向けています。

いちばんこちらに近い男性、集団の中ではいちばん後ろにいる男性が主人公の小日向のようです。絵だとよくわかりませんが、作中ハゲとかジジイとか言われていますから初老というよりもうちょっと上でしょうか。風俗店や闇金といったヤクザの資金源が入っている雑居ビルの管理人をしています。派遣会社から派遣されてビルの狭い一室で寝泊りする日々です。妻も子もない孤独な生活。楽しみといえば開店早々の銭湯へ行って広い湯船に浸かることと、定食屋の安いが旨い定食に舌鼓を打つこと。そして、ビル前の猫の額ほどの地面を花壇にして花を育てること。悲しいかな、安い酒を切らすこともできません。肝臓はもう悲鳴をあげています。

主人公は、いつクビになるかわからない安給料のブラックな仕事にしがみつく哀れなオヤジです。ただこのオヤジ、ちょっと悪いところもあって、テナントの店員を騙して数万円の金をちょろまかしたりします。でも、そうして手に入れた金で贅沢をするわけでもありません。どうやら貯めているらしいのです。まあ、いつ職を失ってビルを追い出されるかもわからないのですから、それくらいの自衛策は取っておかないといけないかなって感じです。

しかし、ビルの前に自殺者を発見したあたりから話は動いてきます。いくつかの偶然が重なって、主人公は一人の若者に出会います。そして、それがきっかけとなって、なさけないオヤジの顔の下に隠していたもう一つの顔を、小日向は見せることになるのです。

京都を舞台に10億円のかかったコン・ゲームが始まります。狙う相手はヤクザの組長、と言っても昔とは違う経済ヤクザです。海千山千の相手を向こうに回して小日向の企みは成功するのでしょうか。

読み終わったら、もう一度表紙を見直してみてください。あなたはきっと、最初は気にもとめなかった「それ」が、そこに描かれている理由に胸をうたれるはずです。https://www.amazon.co.jp/dp/B07WN8MQLQ

ラノベっぽくないのをお求めでしたら、僕のセルパブ本もどうですか。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 11 鈴木傾城『スワイパー1999:カンボジアの闇にいた女たち』

セルパブ小説を読んでみよう 13 月乃宮千晶『ゼロの男』

セルパブ小説を読んでみよう 11 鈴木傾城『スワイパー1999:カンボジアの闇にいた女たち』

前回はラノベでしたが、今回は完全に大人が大人のために書いた小説。鈴木傾城『スワイパー1999:カンボジアの闇にいた女たち』、世紀末のアジアの売春地帯を描いています。

1999年、カンボジア、プノンペン、スワイパー村。そこは売春だけで成り立っている村でした。村の入口にはコンドームの宣伝看板が立ち、道を歩けば娼婦たちが声をかけてきます。娼婦たちは皆ベトナム人で、大抵は貧しい家から売られてきた娘たちです。

戦争を繰り返してきた両国の歴史のためにカンボジアではベトナム人は差別されており、ましてや娼婦ともなれば社会の最下層に位置付けられます。女衒や売春宿の経営者“ママサン”にとって彼女たちは金を得るための「商品」でしかなく、客になる男たちには金で手に入る快楽の「道具」以上のものではありません。

この村を訪れる客は国籍も人種も様々ですが、どいつも屍肉をあさるハイエナだと主人公は言います。彼らは麻薬に溺れるように娼婦との関係に耽溺しているのです。この小説では、そんなハイエナの1人である「私」の目を通して、娼婦たちが辿る悲惨な運命を描いています。

あらかじめ断っておきますが、この小説はポルノグラフィーではありません。R18的な展開は期待しないでください。

娼婦の姿を描いた小説は、昭和31年の売春防止法以前はよく書かれていました。古くは滝井孝作の『無限抱擁』や永井荷風の『墨東奇譚』、戦後でも吉行淳之介の初期作品や、芝木好子の『洲崎パラダイス』のように女性が書いたものもあります。

しかし、それらの作品で描かれいる女たちと、この小説に登場するブーンやマイたちはまるで違います。ヒトとモノが違うように違う。その感じはどこから来るのか考えてみますと、どうやらこの小説の女たちが恋していないことに起因するようです。もちろんそれは非難されるようなことはありませんし、むしろ人と人の感情的な繋がりに安易な救いを求めることこそ小説的虚構だと言えるかもしれません。

人間としての尊厳を失い、暴力や薬物、性病によってもはや娼婦としてすら生きていけなくなってしまう女たちを、「私」は自分自身の滅びの予感を通じて見つめ続けます。

「私」も彼女たちをモノたらしめるハイエナである以上、何をしたところで彼女たちを救うことにはならないのです。たとえハイエナであることをやめカンボジアから立ち去ったとしても、彼女たちがモノからヒトは戻れるわけではなく、単に見捨てたということでしかないでしょう。もはや「私」自身が贖罪不可能な位置にいるのです。ただ己の滅びを引き受ける以外に何もできないのです。ラストで閉鎖された売春宿の前に立つ「私」の胸に去来したものは東洋的無常観であったかもしれません。https://www.amazon.co.jp/dp/B018UWWSLI

ラノベっぽくないのをお求めでしたら、僕のセルパブ本もどうですか。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 10 東居英知『吸血聖戦:ヴァンパイア・クルセイド』

セルパブ小説を読んでみよう 12 小倉銀時『アラジン』

セルパブ小説を読んでみよう 10 東居英知『吸血聖戦:ヴァンパイア・クルセイド』

今回はラノベっぽいのを読もうと思って選んでみました。東居英知『吸血聖戦:ヴァンパイア・クルセイド』です。とはいうものの、最近のラノベは読んでいないので、どんなものがラノベっぽいと言えるのかいまいち怪しいです。とりあえず、kindle unlimitedの「ライトノベル」のジャンルからチョイスです。

「なろう」風な異世界転生ものやハーレムものは避けたかったのでこの一冊にしたのですが、思ったよりもソノラマ文庫の夢枕獏や菊池秀行風なテイストが強かったですね。

神代より、吸血鬼たちは人を糧とし、闇の世界に生きてきました。太陽の下に出ていけない代わりに永遠の命を持つ彼ら『忌の一族』は、折りあるごとに人の世を覆えしこの世界に君臨しようとしてきたのです。その都度それを防いできたのが『日の一族』でした。人と共存することを選んだ吸血鬼の末裔である彼らは、限りある命と引き換えに日の下で生きられるようになっていました。

二つの血統の長い闘争は現在まで引き継がれ、日の一族の若者である主人公周王慶譲は忌狩として忌の一族を討伐する役を務めています。彼は、日の一族とつながりの深い藤神信三の孫娘比奈子の警護を命じられます。十年前、幼い彼女は忌の一族に両親を殺され拐かされたのでした。日の一族の働きにより彼女は無事に救出されたものの、その際吸血鬼は十年後に迎えに来ると言い残していました。

十年ぶりに幼馴染みと再会した慶譲でしたが、大人となった比奈子は金にあかして酒浸りの荒んだ生活を送っていました。その夢に現れる吸血鬼蔵摩葬玄こそ彼女の両親を殺した吸血鬼であり、その討伐以外に慶譲が彼女を守る術はありません。

しかし、葬玄は慶譲がこれまで斃してきた吸血鬼とは格が違いました。滅ぼすには亡父が使った秘奥義「月華」を究めることが絶対と思われましたが、慶譲の守役かつ武芸の師である北辰はなぜか伝授を拒むのでした。

その上、比奈子が葬玄につけ狙われる理由もまだ謎に包まれていたのです。その秘密が明らかになったとき、慶譲は一族の掟に逆らっても比奈子を守ろうと強く心に決めます。

大人になった幼馴染みの心弾む逢瀬も束の間、葬玄の魔の手は無関係な人々まで巻き込んで比奈子に迫ってきます。慶譲も否応なしに最恐最悪の敵に立ち向かわざるをえないのでした。

「だれそれ(イラスト)」の記載がないから表紙絵も口絵も挿絵も全部著者の手になるものなのだと思われます。ラノベとは、物語と絵とが相補的に構成されたものであって、文章だけで成立するものではないということですね。

作者がこれをラノベとして出したということは、書いている最中からこういうものとして頭の中にあったということなんでしょう。書いている場面の映像というのは僕も思い浮かべていますが、イラストの形ではないです。この作者の頭の中ではもしかしてアニメーションが進行していたのでしょうか(僕は実写映画ですね。しかもカット割りされた)。興味あるところです。

読みどころはやはりクライマックスの主人公と敵の対決シーンでしょう。臨場感あふれる戦いをぜひ読んでください。https://www.amazon.co.jp/dp/B081FDJ7V8

というわけで、実写映画が頭の中で流れている僕の小説もぜひお読みくださいませ。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 9 mihirock『LONELY GIRL: 五万年後の孤独』

セルパブ小説を読んでみよう 11 鈴木傾城『スワイパー1999:カンボジアの闇にいた女たち』