セルパブ小説を読んでみよう 9 mihirock『LONELY GIRL: 五万年後の孤独』

おや、かわいい。今回はジャケ買いならぬ表紙買いです。mihirock著『LONLY GIRL 五万年後の孤独』。センスのいい表紙ですねえ。

中身をパラパラ見られないセルパブ電子書籍にとって、表紙というのはとても大事です。「なろう」だと「あらすじが大事」みたいなことを言われるけれども、kindle小説の場合、内容紹介よりも表紙の方が訴求力があると思います。

ただ、僕自身も含めて大抵の著者には、かっこいい美しい表紙を作れるだけの素養や才能がありません。だから、その他諸々の作業も含めて出版代行業者に頼んだりするのでしょうけれど、そんなにお金ないよという場合は自作するしかないわけで……そこらへんがセルパブ小説のジレンマでしょうかね。

僕は『〈堕剣士〉キロク』2冊の表紙絵を、絵師の方(L/M MUFFETさん http://lmmuffet-darkart.jimdo.com)に、ちゃんとお金を払ってお願いしました。表紙がいいと中身の印象も三割増しになるかどうかはわかりませんが、個人的には表紙がチャチだと肝心の小説まで素人っぽく感じます。皆さんはどうなんでしょうか。

〈スキン〉――拘束する柔肌――は皮膚のように全身の体表を覆い、五体の自由を奪います。それはあたかも存在しないかのごとく、脚を上げることも指を折ることも装着者自らの意志であるかのように機能するのですが、外部からの信号が途絶えた途端、随意筋はすべて働かなくなり、その体は糸の切れたマリオネットのように床にくずおれることになるのです。

「私」が己の死を望むのは自由です。しかし、ひとたびそのためにナイフを掴めば〈スキン〉は脳波パターンからそれを察知し、筋肉活動を停止させてきます。「私」は己の体という極めてパーソナルな監房に収容されているのです。

電子脳〈偉大なる裁判官〉はネットワークを経由するすべての情報を検閲し、全人類の幸福のために全人類一人ひとりに最適な行動を導き出します。〈偉大なる裁判官〉による完璧な情報統制によって、数々の不確定要素は的確に把握され、世界全体の経済はかつてない安定を手に入れました。

全人類はこのAIがもたらした繁栄を享受していますが、「私」はこの全人類には含まれません。なぜなら「私」は生まれつき天才を超えている〈溢れすぎた知性〉を持つ、人間以上の存在だからです。しかし、「私」が存在する理由は国家秘密であり、「私」自身にすら伏せられていました。「私」が〈偉大なる裁判官〉に罰せられたのは、その禁忌に触れようとしたからに他なりません。

この「私」の前へマキタなる研究者が現れて、もうひとりの〈溢れすぎた知性〉に引き会わせます。マキタの娘である〈少年〉イサム。その幼い肉体はもはや限界を迎えようとしていました。

「私」を収容所から連れ出したマキタの目的は何か。「私」は何を選択し、人類は何を手に入れるのか。そして、そのとき「私」の孤独は癒されているのでしょうか。

静謐な感じのSF。八月なのになぜか一日だけ妙に寒い日があったりするでしょ? あんな感じの小説です。読み終わると、誰もいない砂浜へ行きたくなります。https://www.amazon.co.jp/dp/B076M6YDST

うちの子もかわいい。というわけで、僕の小説もぜひお読みくださいませ。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 8 松元大地『サーバ・ウォーズ』

セルパブ小説を読んでみよう 10 東居英知『吸血聖戦:ヴァンパイア・クルセイド』

セルパブ小説を読んでみよう 8 松元大地『サーバ・ウォーズ』

ラノベっぽくないのを読みたいと思って見つけてきました。松元大地『サーバ・ウォーズ』3分冊。第一幕「開戦」、第二幕「攻防」、第三幕「決着」。3分冊というと長大な小説という気がしますが、そんなことはありません。たぶん3冊合わせて200ページ弱くらいの長さ。むしろ長めの中編小説でしょうか。

舞台は現代、中堅のIT企業「松茸システム社」です。秋の遠足と称して、社長の発案により一風変わったサバイバルゲームが行われます。1チーム50人ずつ、4チームに分けられた社員が互いのPCをネットワーク経由で攻撃し合うというゲームです。最後まで誰かが生き残っているチームの勝利で、年末のボーナスを総取りできる決めです。負けたらボーナスなし。

マンションのローンをボーナス月は多めに組んでしまった人はどうしたらいいんでしょう? というか、労基は黙っているのかとか思っても気にしないでおきましょう。これは小説ですから。

主人公はふたり、中堅エンジニアの弘中平助と宮本武蔵(!)です。くじ引きで彼らが振り分けられたのは非技術系社員が大半を占めるDチームでした。しかも、どうやら彼ら以上にコンピューターに詳しい人間はいない様子。一方のAチームはエースマネージャの大門忠宏を筆頭に40人ものエンジニアを擁しています。社長が言うには、これでも厳正なくじ引きの結果らしく、弘中らには圧倒的不利な戦力で戦うことを強いられます。

Dチームリーダの営業部長足利は指揮権を自ら弘中に譲り、弘中が実質上Dチームを率いることになります。しかし、弘中の人員運用による布陣が整った途端、味方に最初の犠牲者が出ます。それはどうやら敵味方を特定しない無差別攻撃によるもののようでした。もしかしたら、チームの中に犯人がいるかもしれない――そんな不安要素を抱えたまま戦闘は進行していきます。

しかし、サイバー戦だといっても、実際の戦いは単なる技術戦ではありません。戦う者が人間である以上、そこにはサイバー空間の外にある、リアルな人の「こころ」の問題が絡んできます。社内の軋轢や上下関係が、指揮者の判断やチームメンバーひとりひとりの行動に影響を及ぼし、戦果を左右することになるのです。

そして、弘中の的確な判断によりCチームのF5アタック攻撃をしのぎきり、大規模戦闘に勝利したDチームでしたが、彼らの前に圧倒的技術力を誇るAチームが立ちはだかります。彼らはすでにサーバを経由しないコネクトレスの攻撃手法を完成させていたのです。もはや風前の灯火となったDチームの運命はいかに?

ゲーム小説の一種に入れていいんでしょうかね。危機につぐ危機で3分冊一気読みせざるをえませんでした。組織の中での個人の能力とは何か、チームプレイとは何かを考えさせられる小説です。https://www.amazon.co.jp/dp/B07R6CSWQJ

ラノベっぽくないのをお求めでしたら、僕のセルパブ本もどうですか。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 7 月夜野スミレ『サイバーガジェットラッキー』

セルパブ小説を読んでみよう 9 mihirock『LONELY GIRL: 五万年後の孤独』

セルパブ小説を読んでみよう 7 月夜野スミレ『サイバーガジェットラッキー』

ちょっと前まで表紙が猫の写真だった『サイバーガジェットラッキー』のシリーズ。現在3作目まで出ていますが、今回読んだのはその1作目。作者は大変な多作家で、ジャンルも多岐にわたるようです。「ようです」というのは、Author Central で4ページにも及ぶ作品リストの内容紹介しか読んでいないからで、BLや童話、シリアスな作品もありました。が、今回はSFギャグコメディを選んでおります。

このラッキーは人名で「電脳小道具的幸運」とかいうことではないのです。もちろんタイトルになるぐらいの人物だから、本編の主人公ということで間違いありません。主人公だけあって開巻早々登場するのですがーー惜しげもなく物語の最初の第2文から出てくるのですがーー初登場の段階ですでに彼はその悲劇的宿命の片鱗を読者の前へさらけ出しています。

少年で、ハニーブロンドの髪で、瞳が赤い清掃員バイト。両親を亡くしてバイトで生計を立てていると教えておきながら、作者は我らに「そんなことはどうでも良い」と言い放ち、真っ向唐竹割りのようにあまりにも身もふたもない一文を叩きつけてきますーー「主人公ラッキーはトイレに急いでいた」。

私たちは、彼が便意を催している、と唐突に知らされることになるのです。この暴力的に与えられた情報に私たちは異議を挟むことを許されません。というより自分自身の無力さを思い知るだけなのです。

想像してみてください。あなたの職場や教室に新人が入ってきたとしましょう。その新人は皆んなの前で自己紹介を始めます。あなたはこの1分足らずで、新人の名前のみならず出身地や趣味まで知ることになるのです。つい数秒前まで赤の他人で、その存在すら知らなかった、いや、考えもしなかった人間の情報が一気にあなたに押し寄せてきます。あなたはそれを咀嚼し理解するだけであたふたするでしょう。

そのときなのです、そのとき新人は自分がたった今口にしたことをすべて否定してしまうのです。「そんなことはどうでもいい!」のみならず「私は今、うんこがしたいのだ!」と宣言までするのです。しかも、状況は切迫しています。つまり、漏れそうなのです。一刻の猶予もないのです!

あなたには何ができるでしょうか? これだけは認めなければなりません。あなたには他者の便意を否定する権利も能力もないのです。となれば、新人の手を引いてトイレへ導くしかないでしょう。だが、それも許されないとなれば、あとはただ祈ることのみです。「お願いだから、ここで脱糞するのだけはやめてくれ」この本を読み始めた途端、あなたが強いられるのはそういう状況です。

最初の1ページから主人公は大ピンチ。さすがにここまでの危機的状況からスタートさせられる主人公というのは他に例を見ないかもしれません。ただ幸いなことに、読者の願いは天(あるいは作者)に届き、我らが主人公は開巻早々「うんこ漏らし」の汚名を着ることはありません。しかし、同時に我らはある事実に気づくでしょう。主人公が物語の最初でした行動がうんこをすることだったということに。

第1章を読み終えても、主人公はうんこしかしていません。そして、我らは密かに慄くのです。もしや、この男は……。そして、その予感は的中し、物語の終わりでも主人公はうんこをしています。最初がうんこで最後もうんこ。じゃあ、その間は何をしているのかといえば、やっぱりうんこをしているのです。

この小説、徹頭徹尾下ネタ――しかも、ほぼうんことフリチンで貫き通されています。ときどきSMやホモに寄ったりもするけれど、作者には小四男子の霊が憑依しているのではないかと疑ってしまうほど、うんことフリチンで押し切ってしまいます。セルパブでなければできない快挙(もしくは暴挙)と言っていいでしょう。ぼくの小四男子魂が共鳴した一冊でした。https://www.amazon.co.jp/dp/B07C9FVSJR

勢いで僕のセルパブ本も読んじゃってください。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 6 斜塔乖離『ンルドヴァは瑪瑙の模様の夢遊の誤謬』

セルパブ小説を読んでみよう 8 松元大地『サーバ・ウォーズ』

劉 慈欣『三体』を読んで

話は1967年に始まる。日本ではグループサウンズがブームとなり、第2次佐藤内閣が発足し、高度経済成長期の真っ只中であるが、中国では、50年代の大躍進政策で失敗し国家主席を辞任していた毛沢東の権力奪還の手段として始まった文化大革命が、そのピークを迎えていた。

主要人物のひとり葉文潔の父親は理論物理学者で、反動的学術権威として紅衛兵たちに吊し上げられる。文潔の妹は過激な紅衛兵となって積極的に父親の罪を暴いていたのであり、同じ物理学者の母親はとうに自己批判しており、批判集会で夫を反革命分子として非難する。しかし、頑なに自己批判を拒んだ父親は、4人の少女たちにベルトで殴られて死亡する。その光景を目の当たりにしていた文潔は人類に深く絶望する。

――人類に絶望? そうなの? それは「人類」なの?

いやいや、それを突き詰めてはいけない。そして、天安門事件についてはまったく触れられていない(ただ、作中はっきり明記はされていないのだが、経過年数を数えていくと1989年に”あること”が起きる)。

2000年代の亡命中国作家たちは文革については語りにくいようなことを言っていたが、今はそれほどでもないのだろうか。六四天安門事件は依然としてタブーらしいが、それは禁じられているというだけではなくて、中国人に語る必要がなくなってしまったということもあるのではないかという気が最近している。

1986年に胡耀邦が百花斉放・百家争鳴と言ってから中国でもマルクス以外の西洋哲学の「批判的」受容ということがあったようで、ニューアカブームの余熱冷めやらぬ日本の大学で、僕はホワイトヘッドとかフォイエルバッハといった名が中国語で書かれている論文を読まされたりしていた。それで中国の民主化というと、僕はどうしても「大学でホワイトヘッドなんかの研究をしている人がいる」ってことだと考えてしまう。だから、天安門のニュースを見たときに頭に浮かんだのは、文革よろしくホワイトヘッドの研究者が三角帽子を被せられて首から「私は懷海德を読みました」という板っきれを提げて小突かれている姿だった。

つまり、日本人の僕でさえそんなイメージを思い浮かべたのだから、『三体』の冒頭というのは文革の実態というよりもそのステロタイプでしかないとも考えられるのだが、まあ、それはそれとして、あの89年にそのまま中国が民主化していたらどうなのよ、という疑問がこないだからずっと気になっているところなのだ。

僕らはあのとき中国の民主化を「たぶん」歓迎していた。でも、それって阿呆らしい優越感の反映だったかもしれない。僕らは彼らを「無知で貧しい10億の民」だと考え、下に見ていたのではないか。資本主義陣営に入ってきた彼らを馬鹿にしてあごで使うつもりだったのではないか。少なくとも当時の高度資本主義国家のわが国が東南アジア諸国とどういう関係を築いていたかを思い出せば、あながちこの想像が的外れでもないことは同意してもらえるんじゃないかと思う。

この日本とアジアの国の関係については、84年の「吉本埴谷コムデギャルソン論争」も僕は気にかかるのだ。この笑ってしまうような論争は、あの「an an」に吉本隆明がコムデギャルソンの服を着せられて載ったことに対して、埴谷雄高が「それを見たらタイの青年は悪魔と思うだろう」とイチャモンをつけて始まった論争だが、このときの吉本の反論は「先進資本主義国日本の中級ないし下級の女子賃労働者は、こんなファッション便覧に眼くばりするような消費生活をもてるほど、豊かになった」のだというものだった。もちろん、日本の賃労働者が「豊かになった」前提には「タイ」の賃労働者の労働があり、その賃金は日本の労働者と比較して相対的に低い。この同時的差異に立脚していたのが埴谷だとすれば、吉本はかつての「日本」の労働者の状況に「タイ」の労働者が到達したのだという通時的運動を見ていたのだと思う。

この「タイ」のところに「中国」も入れていたというのが当時の日本であり世界だ。それは民主化の如何を問わない。あれから30年経って、さて現在あの国に暮らしているのは「賢くて金持ちの13億人」である。GDPはとっくのとうに日本を抜いて世界2位。民主化しなかったのにこの「ありさま」だ。

民主化していたらいったいどうなっていたのだろう? 変わっていただろうか。変わっていたとすればどう変わっていたのだ? 現在のタイやフィリピンと同じ立ち位置であると想像してみよう。現在の中国の人たちはそれを良しとするだろうか。

間違いないのは、この30年で中国人が絶対的不可逆的に「幸福」になったということだ。中級ないし下級の女子賃労働者がファッション便覧に眼くばりするような消費生活をもてるほど豊かになったという事実だ。日本人が「天安門」なんて口にしなくても生きていけるのと同様、中国人も「天安門」をネットで検索する必要なんてないのだ。言い換えればそれは「歴史」になってしまったのだ。(ああ、ようやく『三体』に戻ってこられた。読んだ人にはわかるよね?)。

だから、天安門を問題にしたり、2019年香港民主化デモを考えるとき、僕らは何を守ろう/獲得しようとしているのかを、あらためて自らに問い直すべきなのだ。それは「自由」なのか。その「自由」とはどんなものなのか。「公共」と「自由」の線引きをどこでするのか。それは自分が決めることなのか。それとも誰かが決めることなのか(「自由」なのに?)。

有限な個人はより長期的に存在する社会に優先しうるか。時間の長さが問題なら、普遍なる神には従うべきではないのか。個が無力であるときは集合体でしか語れないのか。

『三体』の終わりに蝗が登場するのと『高い城の男』の『イナゴ身重く横たわる』には何の関連もないのだろうが、ふと読み返してみたくなって本棚を探しても見当たらない。段ボールに入れてしまってしまったらしい。段ボールの山をひっくり返すのもアレなので、思わずkindle本で購入してしまった僕なのだ。

セルパブ小説を読んでみよう 6 斜塔乖離『ンルドヴァは瑪瑙の模様の夢遊の誤謬』

今回は斜塔乖離さんの『ンルドヴァは瑪瑙の模様の夢遊の誤謬』です。じつは以前に読んでいて、今回初めてというわけではありません。これは非常に奇妙な小説で、著者が内容紹介で断りを入れているとおりきわめて人を選ぶ本です。

すべての漢字にルビがふってあるのは蟻が集まっているようで怖いという人や、同じ文章が果てしなく反復されるのは高熱にうなされているようで苦しくなるという人には、この本は薦められません。また、年齢制限もあるのでわかると思いますが、そういう場面もあります。

もはやリーダビリティなどという読者寄りなことは度外視して、完全に作者が書きたい方向へ振り切った作品だと言えるでしょう。作者はHJ文庫で『ディアブロの茶飯事』という小説(こちらも現在 kindle unlimited で読めます)を上梓されている方ですが、さすがにこの作品が書籍化されるとは考えていないと思われます。というより、むしろそういう枠を気にせず、自分の嗜好に忠実に書かれたもののようです。こういう作品に巡り会えるのもまたセルパブの魅力という気がします。

ゴシック建築を見るような、過剰なまでに装飾された小説ですが、ストーリーそのものはシンプルでです。ひとりの男がどことも知れない構造物から脱出しようとするーーそういう話です。主人公の目覚めるところから物語は始まります。しかし、そこがどこか、なぜそこにいるのか彼にはわかりません。壁の向こうからは自分をお兄様と呼ぶ少女の声が聞こえます。となると、思い出されるのは『ドグラ・マグラ』ですね。でも、まあ、あっちの主人公は自分の名前すら憶えていない状況ですが、こちらはちゃんと「ンルドヴァ」とわかっています。この冒頭は夢野久作へのオマージュかもしれません。しかし、そんなことを言えば、この作品自体が「胎児の夢」のようでもあります。

胎児が見る夢はもちろん悪夢でしょう。この小説もまた、ひとつの悪夢なのです。小説を読むということはそれ自体がひとつの体験であり、夢を見ることだとすれば、悪夢を選んで見るのも悪くありません。ただ、悪夢というやつは醒めた後まで頭の片隅に残ってしまうものです。消そうと思っても消えない。忘れたころに突然蘇る。この本もそういう本だということだけは覚悟してください。https://www.amazon.co.jp/dp/B07R6K9G16

 

以下は僕のセルパブ本の宣伝。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 5 斎藤 Hiro『明日の風』

セルパブ小説を読んでみよう 7 月夜野スミレ『サイバーガジェットラッキー』

セルパブ小説を読んでみよう 5 斎藤 Hiro『明日の風』

やはり並び順上位にある方が読まれやすいのでしょう。英語のレビューが並んでいる本など見ると、逆効果じゃないのかなあと思いますが、払った費用以上の売り上げがあるのかもしれません。今回はあまり目立っていないセルパブ本を読もうと決めて、斎藤 Hiro さんの『明日の風』を選びました。内容紹介もあっさりしているし、表紙もご自分で作られているような感じです。ガツガツした感じじゃないのがかえって気になりました。

主人公裕樹は地方都市に住む高校三年生。両親と三人暮らしでしたが、半年前に父親が交通事故に遭い、生活が一変しました。入院中の父親はいまだ意識が戻らず、母親は現実を認められないまま悲嘆に暮れています。泣いてばかりいる母親との関係も険悪になってしまいました。それまでは何の疑問もなく大学に進学するつもりでいた主人公ですが、ずっと専業主婦だった母親に経済的な期待はできず、学校の進路調査では悩んだすえ「就職」を選ぶのでした。将来に希望を持てなくなった主人公にとって心の支えはバイクです。親友の和義と出かけるツーリングだけが唯一の慰めでした。

こんな主人公ですが、じつは彼には誰にも言っていない秘密がありました。それは死者の想いを感じることのできる力です。その力――彼は「ビジョン」と呼んでいます――はいつもふいに、オレンジの匂いとともに彼をとらえます。幼い頃から発現していたこの能力に気づいていたのは父親だけでした。ビジョンはまるで罰のように彼を苦しめてきました。祖母も死者の声が聞こえる人でしたが、そのあまりの苦しさに自ら耳をふさぎ、死者だけでなく生きている者たちとの関わりも絶ってしまっていました。主人公はいずれ自分も祖母のようになるのではないかと恐れています。

夏を迎えたある朝、また強烈なオレンジの匂いがして、主人公はビジョンを見ます。それは自らがバイクに乗って暴走族の少年を殺害するというものでした。これはいったい誰の想いなのか、何を意味しているのかまったく分かりません。不確かな自分の未来だけでも悩ましいのに、このうえ他人の強烈な憎悪まで背負わなければならないのです。しかし、こんな人生最悪の状況で、主人公はクラスメイトの成美とひょんなことから話をするようになります。ふたりは次第に距離を縮めていき、いつの間にか恋をしている自分に主人公は気づきます。

こうして主人公の高校最後の夏は始まります。次第に主人公を侵害していく死者の悪意。愛する者を守ろうとして知る己の無力さ。死者たちの想いは若い主人公には重すぎるようです。バイクは彼をいったいどこへ連れて行ってくれるのでしょう。はたしてたどたどしい恋は成就するのでしょうか。そして、夏が終わったとき、少年は何を失い、何を手にしているのでしょうか。

まさに「アオハルかよ」って感じの甘酸っぱい青春ミステリホラーです。カルピスでも飲みながらどうぞ。https://www.amazon.co.jp/dp/B07MPSD6XQ

以下は僕のセルパブ本の宣伝。全部 kindle unlimited で読めます。

セルパブ小説を読んでみよう 4 ヤマダ マコト『山彦 (新潟文楽工房)』

セルパブ小説を読んでみよう 6 斜塔乖離『ンルドヴァは瑪瑙の模様の夢遊の誤謬』

セルパブ小説を読んでみよう 4 ヤマダ マコト『山彦 (新潟文楽工房)』

セルパブ小説4冊目。上・中・下の三巻を一冊にまとめたパッケージ本もkindle unlimitedで読めるので、そちらを選びました。内容に違いはないはず……たぶん。

洋食器で有名(小学校の社会でやりました)な燕三条が舞台。二十一世紀の現代に生きる山の民をめぐるファンタジー。とはいえ出だしはまるでファンタジーらしくなく、むしろ社会派推理小説のようです。地方新聞の記者をしている主人公の須見は連続殺人事件の取材の過程で、山彦やヤツカハギと呼ばれる山の民の存在を知ります。社会から逸脱した暮らしに惹かれて彼らに接触した彼はそこでフミという盲目の少女に出会います。死者の霊を見、声を聴き、風を操ることのできるフミは、山彦たちからエダカと呼ばれ、彼らの精神的な要石のような存在でした。

一方、市会議員の高橋は地元企業の不正を追及しようとして山彦の存在を知ります。彼は自身の出世のために山彦を利用しようと考えます。しかし、それを喜ばない者もいて――

多視点で進んでいくストーリーには、それこそミステリで使われる構成上の技巧が隠されていて、それは中盤で明らかになりますが、本作を単なるファンタジーの枠に収まらないエンターテインメント作品にしています。

山の民たちが食事を作る場景の描写や、食べてみたい物は何かと聞かれたフミが「牛肉」と答える理由などは、あたかも実在のヤツカハギに取材したようなリアリティがあります。彼らと一緒に山で暮らしてみたいと思わせるほどに生き生きとヤツカハギの生活が描かれています。

サンカというか山人は、近代日本においては非日本的なるものの象徴として、半ば厭われ半ば憧れられてきた存在でしょう。定住農耕民は大宝律令以来ずっと管理されてきたのです。管理されるとは数えられることに他なりません。柳田の言う常民は年齢を数えられ、人数を数えられ、生産高を数えられ、常に支配する者に数えられてきました。管理を苦痛に思うなら、数えられないように支配者の視界から逃れなければいけません。たとえば徴兵され兵士として数えられるのが嫌でも、この世間には逃げ場などないのです。数えられたくなければ世間というシステムの外に出る、それしか選択肢はなく、つまるところサンカになるとはそういうことだったのかもしれません。

しかし、世間の外に出るとは、この世間にいない人になるということですが、この世にいない人は即ち死者です。この小説でヤツカハギたちが死と寄り添うように生きているのは、その意味で必然と言えるでしょう。ただ、計数化からの自由という消極的な自由は、決して何物にも縛られないということではありません。ヤツカハギはヤツカハギでまた、自分たちを縛りつけているものを感じざるを得ないのです。

IT化した社会は、中国の例を見るまでもなく、今後ますます人を計数化するようになるでしょう。その反動はサンカを近代史の闇から引きずり出してくるかもしれません。そのとき、この小説は新しいサンカ小説の嚆矢として認められることになるでしょう。

ボリュームのある一冊ですが、面白さはそれ以上です。ハイ・ファンタジーや異世界物はもう飽きたという人、ジョナサン・キャロルみたいなファンタジーが読みたいという人はぜひダウンロードを。

https://www.amazon.co.jp/dp/B0127URPDA

ついでに僕の本も読んでくれるとうれしい。

セルパブ小説を読んでみよう 3 ことわ荒太『月の裏に望む』

セルパブ小説を読んでみよう 5 斎藤 Hiro『明日の風』

セルパブ小説を読んでみよう 3 ことわ荒太『月の裏に望む』

「さて、どのセルパブ小説を読もうか」となったときに、kindle unlimited で読めるというのは第一条件だけれども、その次はコメントの数でしょうか。同じセルパブ作家としてやはり気になるのは、どれくらい多くの人に読まれているかということです。無料ならばある程度は読まれるでしょう。そのとき読者が費やすのは余った時間だけですから。しかし、対価を払ってまで読むとなれば、その小説にはそれだけの価値があると認めたことを意味します。ただ、kindle本の場合、書店で物質的な本を選ぶときとは違って大抵は中身が見られません。内容紹介を読んで面白そうだと思っても、それだけでは手が出しづらい。だから、他の読者がどういう感想を持ったかということが、読むに足る本かどうかを見極めるいちばんの手掛かりになります。読んだ上にコメントまで残すのは、良くも悪くもその小説に心を動かされたということに他ならないでしょう。コメントの多い小説はそれだけ「強い」何かを持った本なのです。その意味で、この本はとても「強い」本でした。

複数の男女間の恋愛を描いた六編の連作短編集。それぞれの話の主人公の視点を通して、複雑な男女関係が多層的に描かれていきます。どの話の主人公も別の話では登場人物のひとりとして「見られて」います。そして、そうした視点の交換が効果的に使われていて、読者が既に読んだ部分をもう一度読み返さざるを得ないようにこの本は書かれています。ある話でさらっと書かれた何げない事柄が、別の話では非常に重い意味を持たされていて、最初に抱いた印象をしばしば上書きされるのはなかなか面白いものです。

作者が描いているのは人間の単純な二面性ではありません。一見は人の外面と内面のように見えますがそうではなく、「月の表と裏」と喩えられているように「見える」ものと「見えない」ものの関係なのです。ですから、登場人物のなかには普通の人間には見えないものが見えたりする者もいるのです。

人の内面は自分自身にしか見えません。月の裏側は、裏側へ回ることができれば見えるのです。ここに描かれているのは他者の内面ではなく、見えていない部分です。単なる知り合いと友人ではもちろん、パートナーや恋人と家族でも見えない部分は違います。他者を「見る」「見てしまう」、他者に「見せる」「見られる」という変化が、自分自身の内面に折り重なって感情を変化させます。その感情の機微をていねいに作者は描写しています。

安易なポジティブさに堕しないところにも好感が持てました。大人の人に読んでもらいたい一冊です。https://www.amazon.co.jp/dp/B07HXZHYSX/

ついでに僕の『〈堕剣士〉キロク 竜禍』もダウンロードよろしく!

セルパブ小説を読んでみよう 2 小野寺 秀樹『桜七(サクラナナ)』

セルパブ小説を読んでみよう 4 ヤマダ マコト『山彦 (新潟文楽工房)』

セルパブ小説を読んでみよう 2 小野寺 秀樹『桜七(サクラナナ)』

『〈堕剣士〉キロク 竜禍』をセルパブしましたが、ふと気になったのは「他のセルパブ作家たちはどんなものを書いているのだろう」ということ。で、kindle unlimited で読めるものを実際に読んでみることにしました。

で、2冊目に選んだのが、震災サバイバルアクション・SF『桜七(サクラナナ)』。セルパブ界のベストセラーです。売れている物には絶対に売れる理由があるにちがいありません。それを探るのが今回の目的です。

ストーリーは主人公鮫島が減圧室のような場所にいるところから始まります。耐えがたい苦痛に意識を失い、目覚めたのは病院の大部屋病室みたいな部屋です。でも、そこには窓がない。主人公は何か科学実験の被験者にされたのでしょうか。手当てを受けながら、鮫島はひとりの女性の名前と今後の予定を聞かされますが、自分に何が起きたのかは理解できていません。というわけで、読者は主人公と一緒に何が起きたのかという謎を解いていくことになります。

場面は飛んで四か月後、鮫島はマンションの自室で、悪夢から目を覚まします。戦場で戦っている夢です。敵の攻撃にさらされ反撃できない絶望的な状況、主人公は目の前で妹を殺されてしまいます。どうやらこのことが鮫島のトラウマになっているようです。しかし、それ以外の記憶は失われているのでした。彼はいま、過去の記憶を喪失したままで、誰だかわからない人間に指示された場所へ住み、指示された職場で働いています。ただ、身体トレーニングだけは指示ではなく自発的に行っています。その理由は彼自身も理解していません。どうやら夢で見た記憶と関係がありそうです。

そうした日々に突然、坪井奈菜という女性が現れます。鮫島は新入社員の彼女に既視感を覚えます。しかし、何も思い出すことができません。次第に親しくなっていきますが、やはり何も思い出せないままです。一方、三〇キログラムの荷物を背負い二五キロメートルをジョギングするなど、トレーニングはより過酷になっていきます。休日には東京から首都圏外へ抜ける道をくまなく走り、さらには山の中を歩き回ったりするのですが、本人もよくわからずに義務感にかられて行っているのです。

そして、半年後。直下型大地震が東京を襲います。オフィスにいた鮫島は倒れてきた什器が頭部にぶつかり気を失ってしまいます。しかし、意識が戻ったとき、彼は失われていた記憶も取り戻していました。そして、彼は坪井奈菜と数名の同僚を連れて倒壊寸前の高層ビルを脱出し、戦場のような東京を徒歩で逃げ出します。こうして、本作の大分を占める避難行が始まります。被災地の真に迫る描写はこの小説の魅力のひとつですが、とりわけ震災直後の崩壊した東京とパニックに陥った人々の描写は読み応え十分です。

富士山の噴火、悪化する治安と次々と目の前に現れる困難を、鮫島は鮮やかに、ときに冷酷と見えるほどの冷静さで乗り越えていきます。それはすべて奈菜ひとりを守るためなのです。サバイバル行を続けていく過程で、主人公を巡る謎は徐々に明らかになっていきますが、主人公が必死に守る(それこそ大怪我をして血まみれになって)坪井奈菜という女性は何者なのかという謎が明かされるのは、ほとんどラスト間際です。そこには誰もがあっと驚く答えが待っています。

ネタバレになってしまうのでこれ以上詳しくは書きませんが、読み始めたら最後まで一気に読んでしまうこと間違いなし。次はどうなるのだろうという展開の上手さに加えて、主人公と奈菜に関する謎の明かし方も上手い。ベストセラーになるのも納得の一冊でした。https://www.amazon.co.jp/dp/B00WN7HS44/

ついでに僕の『〈堕剣士〉キロク 竜禍』もダウンロードよろしく!

セルパブ小説を読んでみよう 1 大滝七夕『武侠小説 東京開封府天狗伝説』

セルパブ小説を読んでみよう 3 ことわ荒太『月の裏に望む』

セルパブ小説を読んでみよう 1 大滝七夕『武侠小説 東京開封府天狗伝説』

『〈堕剣士〉キロク 竜禍』をセルパブしましたが、ふと気になったのは「他のセルパブ作家たちはどんなものを書いているのだろう」ということ。で、kindle unlimited で読めるものを実際に読んでみることにしました。

最初に選んだのが『武侠小説 東京開封府天狗伝説』。何でこれなのかって単純に金庸とか武侠小説が好きだから。

舞台は北宋は神宗の時代――ということで調べてみたら、包丞が活躍する『三侠五義』の仁宗の後で、言わずと知れた『水滸伝』の徽宗の前。作中にも名前だけ登場する王安石が新法と呼ばれる改革を推し進めるのに司馬光らの旧法派が対立し、長く政権闘争が続いた時代。そういえば、王安石は北方謙三の『水滸伝』でも出てくる名前ですね。

 主人公の源宗隆は開封府の役人で、天狗殺法の源観察と呼ばれる剣の達人。じつは日本人です。元は京都の鞍馬寺の僧侶でした。その頃の日本は平安末期、すでに武士の時代を迎えています。鞍馬寺といえば牛若丸も修行したお寺ですが、仏道の道場であると同時に武芸の道場でもあったのです。この鞍馬寺で随一の武術僧になった主人公でしたが、お山の大将で一生終わることを嫌い、留学僧成尋の護衛を勝手に名乗って日本を飛び出し、宋へ渡ってきたのでした。宋で還俗した彼は、皇帝の知遇を得ていた成尋の伝手で緝捕使臣の職を得たというわけです。

 犯罪捜査を務めとする緝捕使臣の源観察は、高級官僚が襲われたという知らせを受けてその屋敷へ軽功で出かけていきます(開巻早々に軽功ですよ。武侠好きにはたまりません)。家内皆殺しの現場に残された痕跡から賊は槍の扱いに長けた者だとわかりますが、館内を荒らしまわっているのに金銀財宝は盗んでいない。どうやら武器を探していたらしい(うんうん、この宝剣を巡る争いというのも武侠小説の定番)。主人公が新しい血の跡を見つけて屋根に上がり城壁まで追って行くと、そこに黒い頭巾と道袍の三人組が待ち受けています。中央の一人は堂々とした体躯の男ですが、両脇の二人は五尺あるかどうかの女。一方が弓を持ち、もう一方は槍を持っています。槍弓二喬の名で知られる槍大喬、弓小喬の義姉妹です。彼らは自ら高官殺しの下手人であることを告げ、源観察に襲いかかります。立ち回りの場面は武侠小説の見所ですが、これが目の前で繰り広げられているかのように鮮やかに描かれています。しかし、そうそう簡単には勝負の決着がつかないのも武侠小説のお約束。

この後、秘密結社が出てきて、弓の名人が仲間になり、これまた強い美女が登場します。夜ごと寝所に美女が入れ代わり立ち代わり押しかけてきますが、主人公の身持ちが固いのは、いわゆる好漢だからでしょうか。この他にも令牌だとか、掌門だとか武侠物ではお馴染みのワードがぞろぞろ。全編弛んだりするところはなく、小気味よいテンポで一気に最後まで読ませます。

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